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帰りが遅いのはそれっきりと思っていたが、それから頻繁にあった。大体週に1度は帰りが深夜、もしくは朝になる。
同棲していても彼にもプライバシーもプライベートもあるから問い詰めたくはなかった。
それでもさりげなく帰りが遅いことを尋ねてみると彼は素直に「家族と会ってて」とそれだけ教えてくれた。それ以上の情報は一切なかったが。
しかしそれ以外日常になんら変化がないからますます奇妙なのだ。話すことも、笑い声も、夜の情熱も帰りが遅い日を除いていつも通り。胸のモヤモヤは色が濃くなるばかり。
思えば…私は英護のことを何も知らない。
性格が良く、明るく真面目な青年。
大食で肉を好み、甘い飲み物を好む。
金銭感覚には厳しく旅行好き。そして何よりも声がいい、よすぎる。天才である。
でも…それだけだ。他愛ない世間話で友人の話や珍しい客の話を聞くことがあっても、彼自身の人物像や過去についてほとんど知らない。何度も体を重ねているのに、何度も名前を呼ばれているのに…
「………。」
なんとなく、このままじゃダメな気がする。
あの日買ったまま見せることが出来ていない旅行雑誌を1人握りしめた。
彼は自分のことを話してくれない。それなら誰か、彼のことを知ってる人物と話したい。
「…………!」
あー…そういえば、最近新しいカバンが欲しかった気がする。そうだな、教科書を入れるための持ち運びが便利なカバンが欲しい。
「どうして」「なんで」その言い訳や体裁はよく分からない。けれど、本能的にもっと…安心するために、彼の情報が欲しい。
そうと決まれば明日、カバン屋の「ボス」に会いに行こう。決意した数人は旅行雑誌を仕事カバンに丸めて入れた。
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