えぴ60

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それからは何の滞りなく授業もいつも通り終了した。帰りのHRで質問する生徒が多かったので時間がかかるかもしれないと心配していたが、クラスでも勉強熱心代表の毛利学楽(もうりまなぶ)からの質問が少なかったので明るいうちからカバン屋に行くことが出来た。 緊張してる、ものすごく。あの人はなんだか自分と違ってとても勘が鋭い、そんな気がしていた。 「………。」 初めてここを訪れたときはこの店がこんなに馴染みになるなんて想像していなかった。近くにコンビニが出来てもここは何も変わらず大理石のような柱がどっしり鎮座している。今でもこういう店のマスターは物語の世界なら渋くて無口な紳士だと想像してしまうが…妄想に逃げる時間はそろそろ終わりにしよう。顎を逸らして深呼吸し、地面のタイルを見つめ…よし、参る! ガチャ 「アッあっ」 恥ずかしい…入口でお客さんと出くわして挙動不審になってしまった。怪しげな目で見られる視線に射抜かれながら何度もメガネをかけ直す。次こそ慎重に行こう。今日のシフトなら英護はいないはず。入口からチラリ…ソロリ…忍び足… 「ふむ…」 見た感じ、お客さんが1人会計のカウンターにいて海の男風の「ボス」が接客してる。 何やら話に盛り上がっていたが商品棚から覗いて観察しているとすぐに気づかれたようで、ばっちり目があった。顔に大きな傷のある浅黒い男性は全てを見透かしたようにニヤリと笑うと客に向き直る。 「すいやせんが今日はこれで店仕舞いしますわ。カタログ差し上げるんで今日のところはお引き取りください。」 「え?現物見せてくれるって話じゃ…?」 「気が変わったんですよ。お引き取り…願えますかな?」 ボスの超絶怖い顔で凄まれたら一般人は即座に帰るだろうと思ったしお客さんも熊にでも遭遇したかのように、ジリジリと後退りして店を出てしまった。自分のせいかと思うと罪悪感で胸がいっぱいになりながら視線で見送った。 カウンターのボスは豪快に笑う。 「いつまでそんな影にいるんですかいお客サマ?万引き狙ってるならただじゃ済ませませんぜ?」 「な、なっ…そんなことないですっ!」 思わず心外だ!と飛び出したが今の今までの自分の怪しさ満点の格好を思い出せばその通りすぎて言葉が出なくなってしまった。 それを見てボスはまたカラカラ笑う。 「冗談だよ。さーて、ご用件は?」 「え、エート。旅行に使うカバンを…」 「この前修繕したやつまた壊したんですかい?」 「いや違った、えーと…資料を入れるリュックを…」 「ほう、リュックに。いないことはないが珍しいなぁ。」 「あぐ………」 「ガハハッ!あんたお堅い見た目してるのに本当にしおらしいな!ますます気に入った!」 何度も脳内シミュレーションしていたのに…情けない。今は顔を赤くして恥に耐えるしかなかった。
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