えぴ12

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えぴ12

この辺りの地形には慣れたもんだ。 だが、例のカバン専門店に訪れるのは合計3回目だ。初来店…の出来事は、あまり思い出したくない恥ずかしいから。その後、英護に修繕してもらうためトランクケースを預けて2回目、そして受取日の今日が3回目。 特に店員の英護とは毎日のように密会してるはずなのに、無駄に緊張してるのはなぜだ? 相変わらず中にこだわりの強いマスターが登場する小説の舞台のような、大理石風の建物だ。数人は店前で背筋を正して入店する。 「いらっしゃいあーせー!」 これも変わらず、居酒屋のような挨拶が店内によく通る。お客もいないようだ。 レジから元気よく英護が出てきた。 「安堂さっ…お客さま!旅行カバンの修繕の件ですね?予約時間ピッタリっスねー。」 「うむ。」 さすがに客がいなくても、奥には「ボス」が構えているのだろう。見え見えの茶番で店員と客ごっこを演じる。 「それじゃ、こちらのシートに記載をお願いします、受取の確認書類となります。その間に俺は…自分はスーツケースを取って来るっス。」 「うむ。」 演技が下手な数人は、アンドロイドの異名に恥じないよう堅苦しく頷くばかりだった。 誰もいないのに視線を感じてドキドキする、監視カメラがやたらと気になる。 「………。」 気にしないフリをして黒のボールペンで、確認書類に住所、名前と必要な情報を書き込む。すると店の奥から現れたのは英護じゃなくて… 「やあ、ハハ、いらっしゃいませお客サマ。」 「……っ!」 い、イメージと違う…!衝撃の電流に痺れた数人は気づかぬうちにボールペンを落としていた。 渋い声は、まあ百歩譲っていいだろう、酒焼けのようなダミ声とでも言えるが。ここはカバン専門店のはずだよな?恐らくボスであろう人物は50代の男性、肌は浅黒く髪は灰色、丸い体型をしており顔には大きな傷痕。気さくに笑う笑顔は、海の家で酒を提供する店主風だ。数人がイメージするこの店のボスは長身痩型の洋風なバーテンダーだったが、丁度真逆だ。 数人が口をあんぐり開けて呆けてるのも構わず男はレジに立つ。風格が、圧がすごい。 「あんた、この前カバンを預けたお客サマだろ?こんな小さな店を選んでくれて、ありがとうな。」 「い、いえ…あ、素敵な店ですね。まるで何かの舞台のワンシーンを切り取ったような魅力に惹かれまして。」 「おお、そう言ってくれるか。そんな賢く褒めてくれたのはお客サマが初めてだよ。あんた、学校の教師か何かか?」 どうしてこの店の人は職業を見抜くことに長けているのだろう?図星すぎて苦笑いしてしまう。教師らしく、真面目な顔を取り繕う。 「はい、高校の教師です。」 「そうかそうか、前少し会ったか?いや、声だけか。でもすぐあんただってピンと来たよ。あれからな、うちのせがれ()が楽しそうなんだよ。」 「せがれ…?」 ああ、なるほど店主は英護の父親なのか。全然顔も声も似てなくて一瞬も考えなかった。父親をボスと呼ぶ文化も、珍しくないだろう。ご挨拶をするべきか?と思ったが怪しまれるだけだろう、英護は関係を伏せているのだろうから。でも彼のことを1番知っているのは、このボスだろう。少しくらい話を聞いてもいいよな?
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