えぴ12

2/3
前へ
/411ページ
次へ
「そうなんですか?初めて伺った時から彼は笑顔でしたよ。」 「うんうん、あいつはな、ずっと笑顔なんだ。それこそ機嫌が悪いとき以外はニコニコしてる。それが生きるための術だったんだ。」 「生きるための、術…?」 いわゆる処世術というものだろうか?そんなことをしなくても英護の見た目はパーフェクトなイケメンで、声だって腰が砕けるほど素晴らしい。しかしまあ、イケメンはイケメンなりの苦労があるのかもしれない。 「でもな、あいつの笑顔は仮面だった。張りついてるだけで、退屈なものだったよ。だが今のあいつは前よりニコニコしている。きっと、あんたが関係してるんだってワシは思うよ。」 「そ、そんな、私と彼はそういうアレじゃ、その、あの、だから…」 「はて、なんのことだろうか。ともかくワシが言いたいのは、これからも気軽に遊びに来てくれ。カバンを押し売りしたりしないさ、このガラクタのように積まれたカバンの1つ1つだって、ワシの大切な宝物だ。金のために投げ売りなんてしない。」 「わ、分かりました…。」 口調はぶっきらぼうだが、とてもいい人だというのは話していて分かる。笑うと顔の傷痕もひきつるが、不思議とあまり怖くない。 「はーー、お客さまお待たせしましたー」 「遅いぞボンクラ!さっさと手続きしたらんかい!」 …だが愛情表現は苦手なようだ。怒鳴られても英護は平気な顔してる、日常茶飯事なんだろう。 「へーい、ボスぅ。」 英護と店主が入れ替わり、ボスは店の裏へと戻っていった。返事するときは口先を尖らせた英護だったが、レジに立つとやはりニコニコ笑った。それから申し訳なさそうに会釈した。 「他のカバンの仕入れと被っちゃって、ちょっと業者と話してたんス。待たせちゃってすみません。」 「いやいや、書類はこれでいいだろうか。」 「はい、こちらはお客さま控えっス。大切に保管してください。」 テキパキとした手続き、これをカバン屋の息子として見るとまた違った感覚だ。うむ、よく似合う。 「ほらほら、安…お客さま見てください、新品より新品っスよ!」 「おお…!」 トランクケースを軽々と持ち上げた英護は、レジの上に置いてみせてくれた。 数人は心から感嘆のため息を洩らした。
/411ページ

最初のコメントを投稿しよう!

40人が本棚に入れています
本棚に追加