えぴ13

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「安堂くん、それなぁに?」 「はあ、それとは?」 「首筋、蚊に刺されてるわよ~?」 「!?!?」 矢車先生の声に、職員室に残っていた教師一同も興味津々にこちらに注目した。 安堂は首から下、スーツの中がジュックリ濡れるほど滝汗をかいて動揺した。 余計に目立つのに、首筋を手で覆い隠して目の中をグルグル回して混乱する。 「知らなかったなあ~、真面目が取り柄で、品行方正なアンドロイドの安堂くんに、恋人がいたなんてー」 矢車先生は、わざと全員に聞こえるような棒読みで詰め寄ってくる。数人の頭は、何か言い訳しなくては、とそれでいっぱいだった。 「そんなわけないでしょう、矢車先生。これは正真正銘、蚊です。ご存知ないですか?蚊は夏よりも秋の方が活動が盛んです。昨夜は少し寝苦しくて窓を開けたら蚊が入って来たのでしょう。」 当然、その蚊の名前は「英護」と言う。 彼はせっくすする時、きすが大好きだ。 全身余すことなく吸い付いて、見えるとこはやめるよう注意したはずだが放心してる間にイタズラしたのだろう。 とりあえず一旦は、矢車先生も納得してくれたようだ。眉間のシワを30本に増やして威嚇していたが、突然オホホと笑う。 「そうよね、あたしの見間違いみたい。安堂くんに限って彼女なんてないわよね、優しくて真面目だけが取り柄ですもの。」 聞き耳を立てていた教師一同もウンウンと頷いて、興味を無くしたらしい。…なぜか切ない気持ち。 「そのせいで喉も痛いんじゃない?今夜は冷えるから、暖かくしてね。なんなら、あたしが隣で…」 「はい、お心遣い痛み入ります。それでは本日の業務は終了したので帰りますサヨウナラ。」 ウソが下手と自覚する数人は、ボロが出ないうちに機械的に挨拶して帰宅を急ぐ。 車に逃げ込み、鍵をかけるまで心臓がバクバク跳ねて落ち着けなかった。 危ない、もう少しでバレるところだった…! これは今日にでも英護と、ちゃんと話し合わねばなるまいな! メガネの奥の涙目で宙を睨み、車のエンジンを唸らせた。
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