えぴ3

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「ほう…」 わざわざコインパーキングに車を停めて歩いた甲斐があった。とても絵になる、西洋風の古風な建物だ。白い大理石風の柱は飾り彫りがあしらわれ、風化で黄ばんでいるものの、ちゃんと掃除はされているようだ。 いいぞいいぞ、小説の舞台にありがちな建築物が目の前にある。思わず指でカメラの枠のポーズ。 こういう店は漆塗りの重厚な扉で、中には寡黙で渋い初老のマスターがこだわりのスーツケースを売っていて欲しい…が、実際は自動ドアで、ショーケースに飾られているのも流行りの最新モデルのようだ。普通の店だ…いや難癖を付けてる場合ではない、新しいキャリーケースを探すんだ、と自分を奮い立たせ店内へ歩を進めた。 「いらっしゃいあせー!」 若い男の店員の、軽い挨拶が飛ばされた。 店の中は思った通り、狭い。ミチミチに詰められたトランクケースのせいかもしれないが、動線確保がやっとのスペースだ。 しかし、雑然とケースが置かれているのではなく限界ギリギリまで商品を飾っているようだ。どのキャリーケースにも埃は積もっておらず、白を基調とした店内に相まって清潔感がしっかりしてる。 「むむ…」 だがこうして見ていると、余計に迷う。 革タイプにするか?ベルトの有無は?色は?形は?大きさは?多種多様過ぎて目が足りない。やはり今まで使ってきた物の方が安心するが、パッと見た感じ同じモデルはなさそうだ…。 「何をお探しですか?」 「わっ…」 恐らくこの店の唯一の店員…?茶髪の若い男が気づいたら隣に立っていた。穏やかにニコニコ微笑み、パーソナルスペースが近いタイプ。隠キャの数人には、心臓に悪い。相手が一目見ただけでも、同性から見て顔立ちが整っていると尚更だ。いや、このドキドキは不意討ちされた驚きだ、そうに決まってる…。 「お客様?どんなタイプがお好みですか?」 「えっ」 囁きボイスがスケベな低音…じゃない、本当に言いかけて冷や汗かいた。言い訳するように早口で状況を説明する。 「ええと、以前使ってたものが壊れてしまって…色は無難な黒で、大きさは…」 「ふむふむ」 変だな、初めて会った人のはずなのに何故か知り合いのように聞こえる。話し方がそう思わせるのだろうか?生徒の父兄だったりしたかな…いや、やはり記憶にない。とりあえず、やたらと緊張してしまうのはナゼだ? 人見知りはそんなに激しい性格じゃないと自分では思っていたが…動揺する心情を誤魔化すように、ペラペラと無駄話を長引かせてしまった。店員はベストな相づちを打つだけでニコニコと話を聞いてくれた。
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