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鬼が恋う
閉め切った土蔵には、小さな灯りがひとつきり。自分の指先しか見えない。でもいいのだ。それ以外、見る必要などないのだから。
「いのり。握り飯です」
扉が開き、穏やかな声が滑り込んでくる。わたしはうつむき、顔を隠しながら、差し出される盆に指を沿わせた。
「ありがとう。黒羽」
「今宵は新月です。食べ終えたら、散歩に参りましょう」
黒羽の声は絹のようになめらかで、耳に心地いい。
月のない新月の夜にしか、わたしは出歩けない。光も灯りも、嫌いだ。
わたしの顔は――、異形の鬼たちのように醜いから。
握り飯を頬張り終えると、着物を頭から被り、顔を隠す。黒羽も同じようにした。わたしがひとの視線を恐れているから、彼も顔を隠してくれるのだ。決して視線が交わらぬように。
「参りましょう」
彼の袖をにぎり、土蔵の外へと踏み出した。
深い山の中だ。秋の山は紅に彩られているはずだけれど、黒羽の持つ提灯ひとつでは、とても景色を楽しむことはできない。それでも、久しぶりに草葉を踏みつける感覚は気分がいい。
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