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「なぜ、出てきたのです? 今宵は満月なのに。どうして」
異形の姿から、黒羽の声がする。
その声に、困惑しつつも、言葉を返してしまう自分がいた。
「薬壺を、忘れていったから……」
ふるえる手で、袖に入れていた薬壺を出す。鬼のぎょろりとした目が、それを捉えた。ひっ、とわたしは息を呑む。
「届けに来てくれたのですか。……しかし、あなたは出てきてはいけなかった」
それはどこまでも、いつもと同じ黒羽の声だった。すこし寂しそうなだけの、いつもの声だった。
「せめて、新月の夜であれば、よかったのに。姿もなにも、隠せはしませんね」
思い知らされる。この鬼が、春からともに過ごしてきた、あの黒羽だと。
「……鬼、だったの」
絞り出すような声しか出なかった。
「どうして」
どうしてわたしは、美しいままなの。
どうしてあなたは、醜いの。
さきほどの鬼の言葉を思い出して、はっとする。
「まさか、わたしを喰うつもりで閉じ込めていたの? 肥らせて、喰うつもりで……」
「ちがいます」
すがるような声で言われて、わたしはかっと身体が熱くなった。そんな声をしたいのは、わたしのほうだ。
「じゃあなんなのよ……! なんで騙したの! わたしが醜くなったっていうのは、嘘だったんでしょう? どうして!」
「……騙したことは、事実です。いのりは崖から落ちても、幸い顔だけは怪我がなかった」
黒羽の裂けた口から、声がする。
「ですが、喰うつもりはなかった。本当です」
むき出しの骨だけの手が、黒羽の胸に当てられた。
「鬼は……、わたしは、醜い。ひとの子は美しいから、ずっと、あこがれていた。親しくなりたかったんです」
「だから、わたしを閉じ込めたの? 嘘までついて」
ぎょろりと彼の目玉が動く。醜悪な姿を縮こませる。
「本当は怪我が治るまでと思って、連れて帰ったんです。だけど眠っているあなたを見るうち、苦しくなった。……わたしは醜いから、あなたが美しい限り、まぶしくて近寄れない。だから……、自分は醜いとあなたに思い込ませるしかなかった。醜い者同士ならば、となりにいても許されると思って」
「そんなことのために、わたしを騙したの」
目の前に一瞬の火花が散り、薬壺を投げつけた。
「わたしは醜くなった自分を嫌悪して、舞い手になる夢まであきらめたのよ! どれだけ苦しかったと思ってるの!」
この恐ろしい鬼に、騙された。
ずっとともに過ごしていた彼が、こんな醜い鬼だなんて知らなかった。
腹の底からの叫びがあふれた。
「ふざけないで!」
背を向けて走り出した。
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