月は見ていた

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「月が綺麗ですね」 と悟君は言った。 「漱石さん?」 「いえ、普通に。俺はそんな遠回しでもロマンチストでもないんで」 「そうなの?」 「好きです」 「え?」 「そんなに驚きますか?」 「・・・」 「月は裏側を絶対見せないんですよね。地球に対する公転と月の時点がシンクロして、ずっと同じ面をこっちに向けながら回ってる。月の裏側を見たければ、自分が地球飛び出して、あっち側行くしかないんです」 「やっぱロマンチストじゃん」 「そんな事ないです。現実主義者です。真矢さんも、月みたいに、俺に表しか見せないのかなって」 違う 「私、結婚してるの」 悟君の表情を見る為に、真っ直ぐ見つめて言った。 悟君はその放たれた言葉にたじろぐ様子もなく、すぐに飲み込み、 「・・・そっか」 と独り言のように呟いた。 私も寝転び、同じ空を見つめた。 「また計って聞いちゃった。何も知らずに俺だけ突っ走るのもイヤだから」 「ごめんなさい。先に言えば良かったよね」 「先に言ったら何か変わったとか?ケチャップこぼさなければとか?そもそもあの時会わなけらばとか?無駄じゃないですか?もう会ってるし、俺はもう好きなんで。始まってるんで。それに合理主義なんで、そう足掻いても変わらない事を変えようとしません。けど、変わるかもしれないものには、時間も努力も惜しみません」 どうしてこんなに真っ直ぐ届けられるのだろう。 なんだかまた、したくなってきた。 紙面に落とす事は出来ても宙に浮く言葉を放つのは難しい。 私は言葉の代わりに、悟君にしがみついた。 1ヶ月後はわからない。 だけど私は今、悟君の恋人。 白い息を吐きながら、銭湯に向かう。 夢見心地なステンドグラス。 1時間じゃ、ちょっと長い。30分じゃ、ちょっと短い。 45分後にまた会おう。 二人、同じシャンプーの香り 晩秋に浮かぶ月 白猫の嫉妬を帯びたタペタム 張子の赤ベコの挨拶 初めて朝を迎え、頬張る少しパサついたシナモンロール もう帰らなきゃ・・・
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