1.神様ラジオ

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1.神様ラジオ

ふうっと、煙草臭い深呼吸をして、おそらくまだ20代と思われる女性DJは、カフのレバーを上げた。赤ランプが「さぁ行くぞ」とばかりに明るく点灯する。 「みなさん、こんにちは! ハローラジオです! 今日も皆さんからのご相談、リクエストに全力でお応えします!」  番組のジングルが流れたあと、スポンサーのCMが続く。  一旦レバーを降ろしたDJが、目の前の二人に不安そうな一瞥をくれる。  「ねぇ、本当に大丈夫なの?」 隣室にスタンバイしているディレクターに、思わず声をかける。 「大丈夫、大丈夫。なんせ神様だから」 そう言われて改めて目線を変える。そこには、緊張感の欠片も感じられない、いちゃつく男女の姿があった。姿こそ、白装束に両耳脇で結った髪型で、何かで見た日本の神様であったが、厳かさの「お」の字もないチャラついた印象しか受けなかった。  そうしている間にCMが終わり、いよいよ番組がスタートする。再びレバーを上げて、DJが陽気なトーンでマイクに向かった。 「本日のゲストを紹介します! 神様、イザナギ・イザナミのお二人でーす!」 「どもー! イザナギです!」 「イザナミです!」 「二人合わせて、イザナギイザナミですって、そのままかい!」 「イザイザー!」  キャッキャと喜ぶ二人とは対照的に、スタジオは凍りついていた。DJが我に返らなければ、放送事故になるところであった。 「…えー、では最初のご相談。ペンネーム、アイさんから。旦那が浮気して、相手が妊娠しました。どうしたらいいですか。ということなんですが、お二方、どう思われます?」  キャ…と、ふいに騒ぎが止んで、イザナギが、うーんと腕組みをする。 「別にいいんじゃない? 日本って、どんどん人口減少してるんでしょ? このままじゃ、日本人いなくなっちゃうよ。ちょっと前まで、一夫多妻制だったんだし、バンバン浮気でも何でもして、子供もバンバン産んでもらってさー…って、あれ? イザナミどったの?」  イザナミは顔を真っ赤にして、噛みしめた唇は、紫色に変色していた。 「ざっけんじゃねーぞ、コノヤロー! 女は子供産むマシーンじゃねえんだよ! 大体、てめぇは昔っからいい加減なんだよ! あたしの姿がちょっと変わったくらいで、黄泉の国から逃げ出しやがって! 愛はどうした、愛は!」 「え~だって、綺麗で可愛い子の方がいいじゃん」  嫌な予感がしたDJは、青ざめた顔をしたディレクターに、ピー音準備のサインを贈った。と、同時にイザナミが叫ぶ。 「んだと、テメーッ! お前のち”ピーッ”食いちぎって、ケツの穴にブチ込んだろか! 二度とマ”ピーッ”出来ねぇようにしてやる!」 「で、では、ここでリクエスト曲!サザンオールスターズで、マンピーのG☆SPOT!」  よりによってのリクエストだったが、DJは気にも留めない。 「ちょ、ちょっと、お二人とも落ち着いて! 放送禁止用語はダメ! それくらい分かるでしょ、いい大人なんだから」  実際にはいい大人どころか、神様なのだが、 DJの目の前でお互いの髪を引っ張り合って、今度はギャーギャー喚きたてている。  DJがなだめすかして、何とか少し落ち着きを取り戻したところで、曲が終わった。 「えー、桑田佳祐さんと原由子さんみたいに仲睦まじく、ということで、次のご相談です。」  見当違いも甚だしいコメントを電波に乗せて、DJは無理矢理進行させた。 「今、二人の男性から言い寄られています。一人はとても優しくて一途なのですがニートです。もう一人は冷たくて浮気性ですが、AI開発している会社の社長です。どちらを選ぶのが正解でしょうか、ということなんですが…」  そんなの決まってるでしょと、食い気味にイザナミが割って入る。 「大事なのは遺伝子よ、遺伝子。優しさなんて一文にもならないじゃないの。問答無用でIT社長よ」  すると今度はイザナギが、結った髪をふりほどいて叫ぶ。 「なんだよ、遺伝子って! それこそ愛はどうした、愛は!」 「はぁ? あのね、女は優れた遺伝子を後世に残す使命があるのよ。男なんて出して終わりでしょうが。大体、人間ほど非生産的なSEXしてる動物はいないわ。私は昔っからおかしいと思ってた。まだ、蟻や蜂の方がまともだわ」 「そ、それはイザナミ、君が一日千人殺してるのも関係あんの?」 「あったり前じゃない! 無駄な遺伝子残さないように剪定してやってんのよ!」  その頃、マシンスペックを上回る勢いで、クレームのメールやらFAX、電話が暴れまわっていた。ディレクターもDJも呆然と、その様子を眺めていることしか出来なった。  仕方なく、その日の番組はリクエスト曲を流しまくってエンディングを迎えた。  イザナギとイザナミはお互いの髪を引っ張り合いながら、別のことを考えていた。  (X、どうしよう…)
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