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「私、お母さまのことを、あまり覚えていないわ。おじさまに教えていただいたことが、ほとんど」
岳は雛子の母親のことを度々聞かせてくれた。面倒見のいい人だったとか、芯の強い人だったとか。岳はそんな姉が大好きで、幼少期はべったりだったと。
『……こんなことになるのならば、あのとき姉を送り出さなければよかった。私は、そう思っているんだ』
いつしか。寂しそうな顔で、岳はそう言っていた。雛子の頭を、撫でながら。
『だが、私には雛子がいる。……お前が、私の宝物だ』
彼はしみじみとそう言っていた。それだけは、耳の奥にこびりついている。
「その。だから、母親ってどうすればいいのか。……なにも、わからないの」
不安を孕んだ声で、本音を吐露する。絹は黙っていたが、少ししてふっと口元を緩めていた。
「奥様。それは、当たり前です」
「絹?」
彼女が雛子に笑いかけてくれる。その顔は、とても優しい。
「いい母親なんて、すぐにはなれませんわ。誰だって、初めは手探りです。私も、初めはそうでしたから」
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