番外編 【クルリ目線】

1/1
前へ
/130ページ
次へ

番外編 【クルリ目線】

「改めてご挨拶させていただきます、お嬢様。クルリと申します」 一生懸命におじいちゃんと練習した挨拶と、お辞儀でぺこりと頭を下げた。 少し離れた所で、ヴェンツェル公爵家の執事をしているおじいちゃんがほっと安心した顔が見えた。 「宜しくお願いね」 にっこりと微笑むお嬢様は、とても可愛らしかった。 いつも遠くから見ていて、それでも可愛いと思っていたが、こうやって間近で見ると、惚れ惚れする。 みどり色の髪がふわふわとして、茶色の大きな瞳がまるで宝石のように煌めき、本物のお姫様だ、と見つめてしまった。 今日は黄色い服を着ているが、みどり色の髪に良く似合い、少し動く度にスカートのひだが滑らかに動き、気品が溢れていた。 「これからは、スティングの身の回りをしてもらう。色々助けてやってくれ」 お嬢様の隣にいるご主人様が、愛おしいお嬢様を見て、私に言った。 「勿論です!頑張ります!!」 あまりに嬉しく元気に答えてしまった。 「おっほん」 おじいちゃんの咳払いにハッとした。 しまった。 「も、申し訳ありません。精進致します」 しゅんとなり、もう一度頭を下げた。 すると、くすくすと楽しいそうな可愛い声がして頭をあげると、お嬢様が楽しそうに笑っていた。 「元気なのはいい事よ。これからお願いね」 声も可愛い! 「何かあれば、ルイジとマヨンに聞きなさい。こちらに来なさい」 ご主人様がおじいちゃんの近くにいた、お2人に声をかけてると、しとやかに私の側に来た。 お嬢様の身の回りの世話している方々で、つまりは、私の先輩だ。 勿論お2人とも、私よりずっと年上。 おじいちゃんに聞いたが、ルイジさんは今年で50歳で、超ベテランのメイド。 マヨンさんは、30代で、こちらもベテランだ。 「3人ででスティングの面倒を見てやってくれ」 「はい、ご主人様」 「はい、ご主人様」 「は、はい。ご主人様」 ルイジさんとマヨンさんのとても落ち着いた、滑らかな動きと返事についていけず、少し慌ててしまった。 「そうよ、ちゃんと私の面倒見てよ」 悪戯っぽく言うお嬢様は、本当に可愛かった。 「お父様、もう堅苦しい挨拶と話しはおしまいでいいでしょ?お部屋に飾るお花を摘みに行ってもいい?」 「ああ、行っておいで」 「じゃあ、ルイジ、マヨン、クルリ、花園に行きましょう」 「はい、お嬢様」 「はい、お嬢様」 「はい、お嬢様」 よし! 今度はちゃんと流れにのれた。 お嬢様は、意気揚々と歩き出し、私達はその後をついて行った。 うーん。 お嬢様はとてもいい香りがするわ。 これが私、 クルリ15歳、 お嬢様10歳、 出会いだった。 私は、とっても運が良かった。 だって、お嬢様のメイドに選ばれたんだもの。 普通は、親族と一緒に雇ってはくれない。 ヴェンツェル公爵家には、おじいちゃんが、それも召使いのボス的存在である執事として働いているから、本当なら私は働けないのだ。 それは、派閥を助長したり、親族だからどうしてもえこひいきとかが出てきたりと、仕事に支障が出てくるからなのだ。 でも、 ついこの間、召使い養成学園を首席、とまではいかないけれど、かなり上位で卒業した事をご主人様は気に入ってくれていて、あと大きなパーティーの時に臨時で手伝いに来ていた私をよく見てくれていたみたい。 それと、それと、お嬢様と歳が近い、というのもあり、何よりもおじいちゃんの孫、という安心安全に、是非にと言ってくれたのだ。 えっへへへ。 スカウトよ、スカウト。 召使い養成学園とは、代々貴族の召使いをしている家や、平民に近い貴族の人達が通い、召使いとして相応しい行儀見習いを学ぶ。 小等部を卒業してから通えて、3年間学んで卒業する。 勿論、何歳になっても入学は出来る。 2つのコースがあって、 1つは中等部の勉強をしながら、召使いの勉強をする。 1つは、ガチで召使いの勉強のみ。 どっちも3年間で卒業なんだけど、前者を卒業して、後者にまた入学という人もいる。 私は前者で入学し、さっきも言ったけど、上位の成績で卒業した。 ちなみに学費は破格だ。 たから、それ相応の資産と、それ相応の貴族に、つてがある人しか、入れない。 私の家は代々ヴェンツェル公爵家に雇ってもらっているから、ある意味この養成学園に入って当たり前、という環境だった。 自分でも言うのもなんだけど、成績の悪くなかった私だから、卒業後は、ある程度いい所に就職出来ると思っていたが、まさか、ヴェンツェル公爵様からお嬢様の身の回り世話役で誘いが来るなんて驚きだった。 よぉし! 頑張るぞ!! 「今日はどの花にしますか?」 「そうねどれにしようかなあ」 お嬢様とマヨンさんが豪華な花園で優雅に歩きながら、優雅に選んでいた。 広大な花園に、色鮮やかな花や多彩な木々が緻密に計算されて植えられ、本の世界の様だった。 その中をお嬢様が歩く。 「はあ。妖精みたいですね」 いつまでも見ていたい。 「そうよ、お嬢様は妖精よ。その妖精であるお嬢様のおそばで仕えれる私たちは光栄な事よ。だから全身全霊込めて、尽くさなければいけないの」 ルイジさんが微笑みながら言ったが、目は怖かった。 「お嬢様のご期待に常に応えるようにしなければいけないわ。基本的な事は教えてあげるげと、どうすればお嬢様の為になるのかは、自分で考えなさい」 「はい。宜しくお願いします」 「まずはお嬢様は、3日に1度は部屋に飾る花をご自分で選びに来る」 ふむふむ、今のこのようにですね。 「殆どの花や木の名前は覚えているから、あなたも覚え、お嬢様が欲しい花を言われたらすぐに摘むのよ」 へ? 「あ、あの、ここにある見たこともない花、とか、木の名前を全部?」 「当たり前でしょ。お嬢様が知っているのに、お嬢様付きのメイドの私達が知らないのはおかしいでしょ。欲しい花を摘めないじゃない」 ごもっともです。 ですが、ですが・・・まじですが・・・。 確かに養成所で花や木の名前は勉強したが、誰もが知っている基本しかやっていない。 いや、そんな事でへこたれてはいけない! 綺麗なお嬢様の側にいる為。 ご主人様の期待に応える為。 おじいちゃんの期待に応える為。 「頑張ります!」 「その意気よ。大丈夫。すぐに色々覚えるのは大変だけど、少しづつ覚えていけばいいわ」 「はい」 そう元気に答えたものの、 花かあ。 木かあ。 と正直不安だった。 食べれないものに興味が無い。どうせだったら、花も木も、全種類食べれる物だったらすぐに覚えれるんだけどなあ。 いやいや、そんな事考えちゃダメだ。お嬢様の側にいる為に頑張らないと。 「スティング!!」 そう、スティング様、いやいやお嬢様だ。 ん?誰だ? 「なあに、セインお兄様」 嫌な顔して、少し腰が引き気味になっているお嬢様が、元気に名を呼んだ方を睨んだ。 すっとお嬢様の前にマヨンさんがたった。 「おぼっちゃまですね」 「しっ。その呼び方は嫌っているの。セイン様、と呼ぶのよ」 ふむふむ。 「わかりました、ルイジさん」 「なんで隠れるんだよ」 「だって。セインお兄様その手に何か隠してるでしょ?」 マヨンさんの服を掴みながら、隠れるようにへばりつき、セイン様のグーにしてる手を指指した。 確かになにか隠してる意地悪そうな顔立だ。 「また、始まりましたね」 ルイジさんが大きくため息をつきながら、前に歩いて行った。 「セイン様、ご主人様のいいつけをお守りください」 「何だよ!俺はスティングと遊びたいだけなんだ。別にイタズラしてる訳じゃない」 ふむふむ。イタズラしてご主人様に叱られてるんですね。 「嘘ばっかり!セインお兄様は、いっつも意地悪しかしないもん!」 「お前が弱虫なんだよ」 「違うもん!」 マヨンさんの後ろから必死に歯向かう姿が可愛らしい。 セイン様は、ずいとお嬢様に近づくと、思いっきり意地悪な顔で握っていたものをお嬢様につき出した。 一瞬の間と、大きく目を開いたお嬢様が、 「いやああ!!」 喚き出した。 「セイン様!!」 叱るマヨンさんの声が響いた。 「嫌だ!気持ち悪い!!」 ぐるぐる回って逃げるお嬢様に、何かセイン様が振り回し追いかける。 あれは、ミミズだ。 「ヤダってば!!」 「弱虫め。こんなもの嫌いなのか。花が好きならこんなの沢山出てくるんだ」 「セイン様おやめ下さい!!」 「ヤダってば、お兄ちゃまやめてよ!!」 「セイン様!!」 「ほらほら、襲って来るわけじゃないのに弱虫」 「ヤダってば!!あっちに行ってよ!!」 「セイン様、お嬢様が嫌いなの知ってるでしょ!!」 「ヤダってば!!こっちに来ないで!!」 「ほーらほーら」 大騒ぎだった。 でも、分かるよ、わかります。 嫌がるお嬢様、超可愛いい! 可愛い子とか好きなことをいじめる男、というやつですね。 いやあ見てて楽しいです。 勿論顔には出さず、オロオロと見せつつ、心の中でかなりニヤニヤしてた。 どこにでもある兄妹ケンカだけど、相手がセイン様だけに皆が手が出せなかった。 「お兄ちゃまやめてよ!!」 お嬢様が、お兄ちゃま、と呼ぶのも可愛いです。昔はそう呼んでいたのですね。何気ない時につい出ちゃうんですねえ。 「セイン様!!」 がん!! と誰かに頭を叩かれ、持っていたミミズを取上げられた。 「いって!!!」 「フランク様」 マヨンさんがほっとしながら、セイン様を殴った結構ガタイのいい方を呼んでいた。 50歳くらいかな? 服装から見て、ヴェンツェル公爵家の騎士様だ。 「何すんだよ!!返せよ!!」 「返しちゃ駄目、フランク!」 ポイと遠くに投げられた。 「ああ!!何すんだよ!頑張って捕まえたのに!」 「そんな時間があれば剣の稽古をしましょう」 「げっ」 「そうよ、お兄ちゃま下手っぴなんだから稽古してきなさいよ」 「下手じゃない!!やりたくないんだよ!!」 素直な屁理屈ですね。 けど、セイン様は明らかに逃げ腰になり、さっきまでの勢いがなくなった。 「さあ、参りましょうか、セイン様。では、我々はこれで失礼します」 「俺は行かない!」 セイン様の真っ赤な顔での抗議も虚しく、まるで首根っこを掴むように服を掴み、 「離せ!!」 と、喚くセイン様を連れていった。 「あっかんべーだ!!」 本当に舌を出すお嬢様は、とっても嬉しそうで可愛かった。 「お嬢様、お行儀が悪いですよ」 「だってマヨン、お兄ちゃ・・・間違えた、セインお兄様はとぉぉおおおおっても意地悪だもん!」 頬を膨らませ怒るお嬢様に、皆が、とても愛おしく微笑んだ。 「そうでわすね。では、ご主人様に報告して、食後のデザートは抜きにしてもらいましょうか」 「うん。でもね、今度からそれは私が貰うわ。抜きにしたら、せっかく作ったお菓子が勿体ないもの。ねえ、クルリもそう思うでしょ?」 急に私の側にやっきて、ねっ、ねっ、と甘えるように言う声が、 くうううううう、 たまりません。 「はい、お嬢様。お菓子作りは大変時間がかかりますから、勿体無いことはするべきではありません」 勿論お嬢様の味方です。 「ええ!?お菓子作りは時間がかかるの?」 あら?知らなかったのですか? 「そうですよ。お菓子は決まった分量、そして、決まった手順を踏まなければ美味しいお菓子は出来ません。勿論、慣れてくればある程度応用は効きますが、なかなか難しいですよ」 「ふうん。私にも作れる?」 「勿論でございます。お嬢様ならきっと可愛らしく、繊細なお菓子が作れると思いますよ」 「本当に?じゃあクルリの言葉を信じるわ。私、お菓子作りしてみる。美味しいの作れるようになったら、殿下に食べさせてあげるわ」 とっても楽しく、キラキラと嬉しそうに笑うお嬢様が、 この時からお嬢様はお菓子作りにハマって、作るようになった。 まさか、私の些細な言葉がお嬢様の生涯の趣味となるとは思わなかった。 えっへん。 私ってば、やっぱり運がいいのね。 そうそう忘れていた。 この日の夕食時に、セイン様が奥様からとぉぉぉぉぉぉっても叱られ、とぉぉぉぉぉぉっても凹んだ姿を見て、とどめを刺すように、 お父様、お母様、聞いてください。私とっても怖かったんです。セインお兄様がとても意地悪なんです、 と、 半泣きの顔で訴えた顔が可哀想で、ご主人様と奥様はコロッと騙されていた。 だってお嬢様様はコソッとセイン様に、 あっかんべーをし、 セイン様を怒らせ、 昼間の大騒ぎがまた、始まりました。 「お前嘘泣きすんなよ!!」 「違うわ。お兄ちゃまが。お兄ちゃまが、嫌な事をするからよ!!嘘泣きじゃないもん!!」 「弱虫なんだよ!!」 「2人ともうるさい、食事中だ!喧嘩するなら外でやれ!スティング、セインを叱ったのだからもう言うな!!セイン、また叱られたいか!!」 ご主人様の言葉はやはり絶大です。 おふたりとも、すぐに立ち上がり、直立不動し、 「申し訳ありません!」 「申し訳ありません!」 と、謝罪し、しゅんとなり奥様の側に寄られた。 おふたりとも可愛いですね。 その後おふたりは、奥様に慰められ食事は再開となりましたが、 セイン様のデザートはちゃーんとお嬢様が貰い、幸せそうに食べていました。 流石です、お嬢様! でも、セイン様も、ほら食べるんだろ、と言ってご自分から差し上げておりました。 ふふっ。 やっぱり可愛い妹なんですね。
/130ページ

最初のコメントを投稿しよう!

114人が本棚に入れています
本棚に追加