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まさか。
まさか、こんなことになるなんて。
言い訳だけれど、俺は思ってなかった。
ホント、言い訳にしか何ないんだけど。
でもさ、誰が思ったんだろう?
誰が予想できるんだよ。
まさか、俺が言った言葉が、現実になるなんて。
俺はとりあえず、あの言葉を発した場所へ走り出した。
あの言葉っていうのは。
「お前なんて、消えちゃえよ」
って、あいつに言った言葉だ。
今日は高校3年の夏休み。
本来なら、受験勉強してるだろう。
バスケ部も、もう引退したんだし。
俺も、勉強すると思ってたけど。
状況が変わった。
……親友が入院したんだ。
親友兼幼馴染なので、当然、親同士も仲がいい……ってか、そもそも父親同士が親友なんだよな。
だから、病院にお見舞い行ってることは両親知ってたし、あいつは学年3位の秀才だから、病室で勉強教わったりして……。
なのに、母さんは、家に帰って言ったんだ。
『どこ行ってたの?』
もちろん、あいつのとこだよって言った。
けど、返ってきた言葉は、『誰?』だった。
なんで。
どういうことだよ……!?
父さんに電話して聞いたら。
父さんの「親友」に、息子はいないらしい。
俺が、「消えちゃえよ」って言ったから?
本当に、消えちゃったのかよ。
しかも、通ってる高校も違ってた。
本来より、偏差値が3、低くて。
第二志望のところだ。
そういえば、あいつがいるから、第一志望は少し高い進学校にしたんだ。
それで、頑張って、あいつには負けたくないってすげえ勉強して、ギリギリ受かって……。
なぁ。
俺は、病院への道を走りながら、誰にともなく、問いかける。
なぁ、何で消えちまったんだよ。
病院がみえて、さらに加速する。
舐めんな、元バスケ部副部長だぞ。
すぐ、病院の中へ入る。
「あの、すみません!俺、さっきも来たんですけどーー!」
あいつの名を告げる。
何度も見たことがある、美人な受付の女性は、首を傾げ、
「すみません。そのような名前の方は、当病院には、ご入院されておりません」
「じゃ、じゃあ、205号室の患者って、誰ですかっ!?」
あいつの病室も聞く。
けれど、半ば予想した答えが返ってくる。
「205号室に、患者さんは入院されておりません」
やっぱりーー!
俺は、その場から飛び出て、階段を駆け上った。
なぁ、なんでだよ?
お前は、どこに行っちまったんだよ。
お前の存在も、記憶も、姿も、お前がいたって証拠もーーどこに消えちまったんだよ!!
なぁ、なんで。
なんで、あんなこと言ったんだよ。
「もう死にたい」なんて。
お前の手術の成功率は、100%じゃなくって、……高いわけじゃないのも、気づいてる。
けど俺はさ!
お前の口から死にたいだなんて、聞きたくなかった。
すごく頭が良くて、当然みたいに勉強も運動も、すげえ成績残して。
済ました顔で、当然だ、とかいうのが、すげえムカつく。
けどさ、そんなやつが、俺に、いつも負かして、バカにするくせに、そんな俺に、「死にたい」なんていうなよ。
部活でもさ、諦めないで、優勝したんじゃんかよ!!
部活で、お前はーーお前は…………。
高1の、残り時間わずかで、点差があって。
その試合の時、お前は…………なんて言ってたっけ?
思い出せない。
誰が、なんて言ってたっけ?
あいつは、……どんな顔をしてたっけ。
あいつの名前は……なんだった?
ドタバタ走って、あいつの病室ーーだった部屋を開けた。
あいつが、泣きそうな顔で笑って座ってたベッドに、あいつがいない。
女子のファンから貰った見舞い品が、ない。
ノートで埋まった机も、空っぽーーーー。
でも、あいつは、どんな顔だった?
あいつは、高校一年の時、大会で優勝逃した時、……どんな顔をしてた?
初めて、学校のマドンナに告白されて、男子たちにそれを話した時、どんな顔をしてた?
あいつと俺は、どんな関係だった?
親友だっけ。
あいつは、あいつはーーあいつ、って、誰だっけ?
ってか、俺、なんで高3の夏休みに、病院なんていんだよ。
俺は、別に夢なんてないけど、安定な暮らしをしたいから、大学には行かなきゃってーー。
あれ。
俺に夢なんて、なかったっけ。
バスケのプロ選手に、昔はなろうと思ってたよな。
まあでも、中学とか、小6とか、それくらいの時だった。
俺には、どうしても越せないやつがいたから、皆、俺には無理だよ、なんて言ってーー。
あれ。
越せないやつ?
誰だっけ……中学までは、バスケはいつも、俺が一番で、高校に入ってから、自分の弱さを知ってーーーー。
そうだったっけ?
いた気がする。
俺なんかよりすごくて、「俺も医者になりたいんだ。お前もプロになれるよ」なんて、言ってくれたやつが。
誰だっけ。
誰だろ。
でも、忘れてるのに、忘れちゃダメな気がする。
俺は、「あそこ」へ走った。
よく通る場所。
でも、なんで?
わからない……けど、行かなきゃいけない気がする。
俺はひたすら、足を動かしてーー。
息切れする頃、ようやく着いた。
そこには、先客がいて。
知ってる。
あの後ろ姿。
嫌と言うほど見てきた、後ろ姿だ。
俺は、そいつの名前を呼んだ。
「ーーーー」
あいつは、振り返って、俺と目を合わせる。
薄く微笑んで、……泣きそうな顔をした。
「もう、全部、諦めたかった。お前はきっと気づかないだろ。バカ正直の、バカ真面目だから。諦めないで、頑張るのも、疲れんだよ。身体的にも、精神的にも」
声が、すごく震えててーーお前、お前は……なんで、それを言わねーんだよ。
それを言えよ。
『死にたい』じゃなくって。
ーーいやだ。
こんなやつ、俺は知らない。
会った時は、一緒にやんちゃして。
でも小学校の途中で、モテ始めたからか、勉強の成績か、距離を感じて。
中学なんて、俺の声がうるさくて、バスケ部で、ギリギリ一軍だったから、話せた。
高校も、俺の成績じゃ、ギリギリで。
でも、あいつと距離を引き離されたくないから、バカにされたくないから、頑張って。
あいつは、呆れたような、自慢げな顔で、いつも、笑っててーー。
だから、初めてだったんだ。
病室でみたあの顔が、初めて。
あいつの、初めての泣きそうな顔だったんだ。
幼馴染なのにな。
「諦めんなよ。頑張んなくていいだろ。でもっ、諦めて、『死にたい』なんて言うなよ!!」
思い出した。
あいつは、勉強も、部活も、全部、頑張ってた。
努力して、結果出して。
でも、疲れたなんて、絶対言わずにいて……。
俺にはそれがすごく、眩しくて。
劣等感、勝手に感じて、ひねくれて。
バカにするたび、すごくムカついて、大っ嫌いだなんていうことはよくあって。
でも、追いつきたくて、追いかけて。
俺の、憧れだったんだよ。
これは、ダメかもしれないけど。
あいつにはずっと、俺の憧れでいてほしい。
要領が悪いのか、地頭の問題か、俺は勉強しても全然、あいつの足元にも及ばないで。
だから、恥ずかしかったけど……でも俺は、あいつのことを、『ライバル』でもあると、思ってたから。
「別に、頑張んなくてもいいよ。けど、生きるの諦めんなよ!勝手に死ぬなよ!死にたい、なんて、言うなよ……!」
ああ。
俺今、すげぇカッコ悪い。
ボロボロ涙流して、もう何言ってるかわかんねえ。
でもきっと、間違ったことは言ってないと思う。
だって、あいつが、
「ありがとう」
って言ってたから。
あ、と、俺は気づいた。
コトダマの呪いも、もう解けたに違いない。
あいつの顔は、引退前のーー2年の大会で。
優勝した時の、あの顔と重なり合った。
きっと皆、あいつのことを、思い出してると、なぜだかそう思った。
ザァザァ……と、雨の音がした。
ここは、屋根があるから濡れない。
俺たちが、初めて遊んだ場所だ。
バスケの練習も、夢のことを話したのも、全部、ここで。
***
なんて、夢みたいな体験したのが、5年前。
あれはーー何だったんだろう。
夢か、……神様のいたずら、か?
なんて、神様なんているわけないよな。
俺は、社会人一年目をしてる。
とあるスポーツメーカーの会社で、まあまあ楽しくやってるよ。
でも、彼女が全然できねーんだよな。
家に呼んだら、次の日くらいにフラれるから。
医者のくせして、俺と同じボロアパートの隣に住む、運動も勉強もできて、諦め悪くて、でも、意外と脆いあいつに、一目惚れした、ってさ。
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