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「またあの夢か……」
俺は狭いベットの上で身を起こした。小さな窓の外には青い地球が見える。
あの満月の夜、彼女に会ったことは本当に夢だったんだろうか?
それを確かめたくて、俺は宇宙を目指した。何かの思惑でも働いていたみたいに、俺が大人になる時代は、宇宙開発の熱が世界を駆け巡っていた。
ものすごい競争率の採用試験を勝ち抜いて、俺は三度目の月面探検隊のメンバーに選ばれた。
「ねえ知ってる? 月の夜には幽霊が出るらしいね」
「幽霊? でも、月面で死んだ人間はまだいないだろ? 幽霊なんか出るかよ」
「わかんないよ。月星人の幽霊かも」
衛星軌道上から、月への出発を前に同僚たちが戯れている。俺は、それをどこか遠くに眺めながら、その幽霊が彼女だったらいいなと思っていた。
月面で再会できたら。あの月夜が夢じゃないって分かったら、どんなに幸せなことだろう。
俺はそれほど彼女に魅了されていた。あれほど美しい生き物はこの世にいないと信じるほど。
いや、もし彼女が月の人だったとして、今まで発見されていないのはなぜなのだとか、もしかしたら人類に敵対的な生き物かもしれないとか、考えなかったわけじゃない。
でも、そんなことどうでもよくなるぐらい、彼女は……。
「美しかった」
「え? 何?」
「いや、地球が美しいなって」
「そうね。この距離から地球を見るのもしばらくはお預けね」
そうして、俺たちは月に向かって旅立った。やっと月に行ける、あの日から熱望していた月に!
数日かかって、俺たちは月面基地に到着した。二期目の探査チームと合同で着任式・離任式を終え、地球時間で一週間後、俺たちの本格的な最極地生活は始まった。
しばらくして、基地は長い月の夜に飲み込まれた。
月の真夜中。俺は一人、基地の外に出ていた。探査に出る一応のお題目はあったが、本当の目的は彼女を探すことだった。
だが、周囲を見渡しても何も……いや!? あれはなんだ!!
巨大な白い建造物がゆっくりとこちらに向かってくる。それは地球で例えるなら大きな蟻塚みたいに見えた。だが、その浮遊城は角砂糖が光を反射するかのようにキラキラと輝いていた。
そしてそれがだんだん近づいてくるにつれて、俺の目に彼女の姿がはっきりと捉えられた。
彼女は建造物を従えるようにその前に浮かんで、優美な羽を羽ばたかせながら飛んでいる。
その美しさは感動で涙が出るほどだった。泣いている俺の前に、彼女がふわりと着地する。
「ZU……ズ……ずっと君を待っていた。君がいつか月に来てくれたらと、ずっと願っていた」
マイクに声が届く。青い目をきらりと光らせ彼女は辿々しくそう言うと、手を差し出してきた。
「私はあの夜の出会いをずっと覚えていた……美しい君と再会できた事を、月に感謝する」
「俺を待っていてくれたんだな?」
彼女は不器用に微笑み頷いた。
「そうだ。君の祖先と我々の先祖は約束した。もし、君と私の一族の誰かが月と地球、二つの星で会えた時、その時我々二種類の人類は統合され新しい歴史が始まると」
そうか、ばあちゃんの忠告は彼女たちに魅入られないためだったのか。分かったけど、もはやその忠告はどうでも良かった。俺は彼女に手を伸ばし、その手を握った。
それが、月に祝福された人類のファーストコンテタクトの結実だった。
けれど……ああ彼女が呼んでいる。地球圏の王と女王となった俺たちの結婚式が始まるんだ。その後の話はまた今度な。
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