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城田 翠(しろた みどり)が嫁いだ池根(いけね)村は変わった所だった
2月11日と12日は、夜通し村祭りをする為に休日となっている
豪雪地帯でもないのに、それぞれの家の作りが頑丈すぎる
あちこちに監視カメラが付いている
村人全員が金持ちだ
夫の光一に聞くと、村の財源があるからだと言うが、観光地でもないし、めちゃくちゃ有名な特産もある訳ではない
だが、ここで作られた作物や製品は、結構高値で売れているのだ
またこの村からは有名な学者が何人も排出されている
何故だか分からないが、やることなすこと、上手く行く村だというようだ
ともあれ都会育ちの翠には嫁ぐ前は不安であった田舎も、池根村は豊かで設備が良かったので、来てからは不安はなくなった
暮らしやすさ、そこが重要だった
※※※
2月11日、祭り同日
「翠さんお早う、昨夜は眠れましたか?」
朝、自宅の玄関前で雪掻きをしていたら、犬の散歩中の村長に声を掛けられた
お早うございます、と挨拶を返し、
「緊張して眠れませんでした」
と正直に答えた
「翠さん、そんなに深刻に考えないで下さいね、今夜は皆が一緒だから大丈夫ですよ」
そう言って、飼い犬のシェパードを連れて去って行った
70代の板垣 洋三(いたがき ようぞう)村長は、もう40年も現職である
小柄で大人しそうだが、時として物凄いリーダーシップを発揮するという
優しくて有能な村長だと、池根村の住民からは絶賛されている
翠が10ヶ月前にこの村に嫁いだ時も、直々に挨拶に来てくれた
この村の住民になったからには、何があっても守ってみせると頼もしいことも言ってくれた
夫やその義実家を含む、村の住民たちとも上手く付き合えていたし、生活にも不満はない
とにかく何の問題もなかったが、それでも時々やってきては心配してくれる、村長の思いやりには感謝していた
先ほども、いつもと優しい言葉と笑顔だった
だが、今まではとても有難いものだったのに、昨日、池根村の秘密を知ってしまった翠には、それが不気味なものにも感じられたのだった
※※※
「あー、よく寝た、久々にこんな時間まで寝てたよ」
昼頃に光一が漸く起きてきた
ここ数日残業続きで疲れた様子だったが、久しぶりにスッキリした顔が見られて、翠は嬉しくなった
2人で昼食を食べながら、昨日は帰宅が遅い夫を気遣ってできなかった、村長から聞いた話をすることにした
「翠、村の秘密は聞いたんでしょ?」
「うん、聞いたけど、本当なの?」
「…信じられない話だと思うけど、本当だよ、今まで言わなくてごめんね」
「ううん、新参者に話すのは祭りの前日、それも村長からと決まってるんでしょ」
「そうだよ、秘密を外に漏らさない為と、あまり気を遣わせない為にね!毎回、誰一人問題なく無事に終わるから!絶対大丈夫だから!怖がらないでね」
「うん、話を聞いた後は会う人会う人、全員が大丈夫だからと励ましてくれたよ、皆を信じてる」
翠の言葉に、光一はホッとした
※※※
以前この村には『妖怪・鳥塚』という石碑があった
大きな鳥の姿をした不気味に光る妖怪が、吹雪の夜に現れては、人々を襲っていたという
だが1人の修験者が現れて、見事、退治してくれた
倒した妖怪を埋めて、その上に呪文が書かれた石碑を建てて封印をしたそうだ
ところが、明治時代後半に大きな台風が起こり、石碑が崩れてしまった
その為、妖怪が復活してしまったのだ!
だが、長い間封印されて力が弱まったのか、1年に1度しか出て来れなくなった
それが2月11日の夜だ
その妖怪は寒波をもたらすのか、その前後は雪が降り、当日の夜は吹雪になるそうだ
空を飛び回って人を探して喰らうらしいが、力の弱まりで、あまり地上には降りて来れなくなり、家の中で隠れていると、もう襲えないのだそうだ
なぜまた退治しようとしないのかというと、まず退治できる人が見つからなかったのだ
またその妖怪が出てからは、村には一切災害が無くなり、村全体が豊かになり、村人も滅多に病気にならなくなったそうだ
よく分からないが、妖怪効果?だろうというで、とにかく一晩だけ外に出なければ済むのだからと、当時の人々は考えたようだ
一晩を犠牲にすることで、幸せになれるのだからと、村全体が一晩生贄になる、『生贄』という言葉から、この村の名前は『池根村』となった
だが時々、妖怪に魅入られるのか、隠れていても突然フラッと外に出ていき、妖怪に食べられてしまう者が出てきた
そこで村人は、その夜は数軒で集まってお互いを見張りながら寝るようになった
それが大きく発展したのは戦後のこと、当時の村長が派手で大金持ちだった
地下に、村人全員が入れるシェルターを作ったのだ!
村人全員で安全な場所で過ごすうちに、だんだん楽しくなったようだ
その晩はお祭りのように、飲み明かしてワイワイ騒ぐようになったことから、2月11日の晩を『生贄祭り』と称するようになった
この村では頭の良い人が多く、その人たちが協力して、シェルターも段々と工夫され、また温泉も出たので、村人たちの年に1度の楽しみにもなった
以上が、関係者以外の人に知られたら押し寄せて来そうなので、村の秘密になっていることだ
※※※
サイレンは2度鳴った
最初は18時、地下に逃げる準備はできましたか?というサイン
2度目は18時半、地下に入って下さいというサイン
戸締りや元栓を確認して、光一と共に外に出た翠だったが、あまりの寒さに身悶えた
「うー、それにしても寒すぎよ」
「翠、毎年この日は寒いんだよ、今夜は大吹雪だ」
翠は周りを見渡した
この村の家が頑丈なのは、この日の為だったのね
一番近い地下への入り口は、近所の公園にあった
園内の端っこに大きなコーヒーカップのモニュメントがある
「今日は鍵が空いているんだ」
そう言って光一は、コーヒーカップの裏側に付いているドアを開けた
「かなり長いから気をつけてね」
夫から順に階段を降りて行く
相当に長いようで、たどり着くまでに時間が掛かった
下まで着いた時、目の前には上下・前後左右とだだっ広い空間があった
「凄いわ!村が全部入りそう!!」
驚愕する翠に、いくら何でもそれはないよと苦笑する光一だったが、その顔はどこか誇らし気だ
空間の真ん中に、旅館にしか見えない巨大な建物があった
地下でも煌々と輝く照明がたくさん付いていて、それでいて落ち着いた高級旅館という佇まいだ
「隠れる目的で作ったのよね?」
「この建物は今の村長が建て替えたんだ、板垣村長の趣味だね、取り敢えず、寒いから早く入ろう」
建物に入ると、役場の人たちが受付をしていた
大広間に入ると、そこはたくさんの村人で混み合っていた
「翠、ここは村人全員が入れる宴会場がある、そこで8時から食事が始まるんだ
眠くなったら男女別の休憩室で寝る事もできる
温泉もあるし、カラオケルームやゲームセンターもある、どこでも自由に使える」
光一の説明に、もう何も言うまいと翠は思った
「翠さん!」
義母に声を掛けられた
振り向くと、義父母の他にも義兄一家や義姉一家が揃っていた
「宴会の前に温泉に行きましょうよ」
そう言われて、行くことにした
温泉は気持ちが良かった
入りながら、義兄嫁と話をした
彼女も、違う土地から来て最初は驚いたらしい
でも皆が一緒だし、安全な場所から怖い物を見るのは楽しいから、一緒にスリルを味わいましょうと言ってくれた
温泉を出たら義母に誘われて、今度はカラオケルームで歌った
その間もたくさんの人たちから、生贄祭りが初めての翠は励まされたので、不安も大分薄れていった
※※※
「そろそろ時間だよ」
誰かの発言を切っ掛けに、ぞろぞろと宴会場に移動して行く
宴会場は全体が畳で、和式用の長テーブルがたくさん並んでいた
天井からは、これもまたたくさんのモニター画面が吊り下げられていた
翠は光一や義実家の面々と並んで座った
テーブルの上には高級弁当と様々な酒類が置かれている
村長が登場し、短い挨拶と乾杯の音頭を取り、宴会が始まった
皆、普通に世間話ばかりしていて、緊張感が少しもない
大人も子供も、それぞれに楽しそうだ
ここまでは、ただの食事会と変わらなかった
時間が過ぎて、眠いと言って休憩室に行く者もでてきた
幼い子供のいる母親も、幼児を伴い宴会場を後にして行った
そんな中、突然にブザーが鳴った
驚いたのは翠だけではない
毎年経験している子供たちも、大声で騒ぎ出した
怖いと言って宴会場を後にする子もいれば、面白がって残る子もいた
宴会場のモニター画面が一斉に点いた!
光一が翠の肩を抱く
画面には外の風景が映っていた
光一の言った通り、大吹雪になっている
暫くすると、一番端の画面に、キラキラ光る霧のようなものが現れた
会場がどよめく
光一の腕に力が入った
霧のようなものは徐々にまとまり、鳥のような形になった
細長い嘴に小さい頭、長い首と脚、大きな翼、鷺に似た感じだ
だが釣り上がった目は紅く爛々と輝き、全体はボウッと青白く光り、体は一軒の家よりも大きい
村中を飛び回っているのか、あちこちのモニター画面に現れる
これが、その妖怪?
「思っていたのと違う、何て綺麗なの!」
「うん、でも人を襲うからね」
吹雪の中、青白く光りながら飛び回るソレのコントラストは、とても美しく神秘的だった
「あいつに名前はないんだよ、昔あいつを倒した修験者が、絶対に名前をつけるなと言ってたらしいよ」
「だから皆は、あいつとか、ソレとか、妖怪とか、化け物とか、そう言ってるんだ」
翠には、途中から光一の言葉が聞こえていなかった
“妖怪”から目が離せない
あれが妖怪? いいえ、あんなに美しいのだから、あれは神様だわ!
人智を超えた、人々に豊かさと健康を与えてくれる神様よ!
早く近くに行って、私も幸運を授けて貰わなくちゃ!
翠は無言で立ち上がった
「翠、どうした?」
光一は焦った
宴会場にいる人たちも翠に駆け寄り、宥めようとする
しかし翠は女とは思えない強い力で、抑えようとする人たちを押しのけて、外に出ようとした
パァン!パァン!
小気味良い音がした
村長が翠の両頬を引っ叩いたのだ!
その瞬間、彼女は我に返った
「翠さん、痛いことしてごめんね」
目の前にはいつもと同じ、ニコニコした村長の顔があった
その顔を眺めているうちに、翠はホッとして泣き出してしまった
その後は何もなかった
妖怪は生贄を見つけられず、その代替えとして毎年用意している、大量の酒にありついて去っていった
※※※
後日、村長が会いに来た
「翠さん怖い目に遭わせてごめんね!地下に行くようになってからは、魅入られる人は今まで出なかったのよ、だから油断してたわ」
そう言って頭を下げた
「もう大丈夫です、それよりも助けてくれて有難うございました」
心から礼を言う
何故、自分が魅入られたのかは分からないが、根拠はないが、もう大丈夫だろうと翠は思った
村民を大事にして守ってくれる村長!
本来は生贄という恐ろしい因習を、祭りに変えて楽しんじゃおうという明るい村人たち!
翠はこの村が、ますます好きになった
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