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2.
惚けてしまうほど、美しい景色だがここにスーツ姿で寝転んていた意味がわからない。潤は頭を抱え、腕組みをして記憶を辿ってみた。昨日は会社帰りにいつものバーに寄って飲んでいたはずで、隣に座った男に声をかけられたことは覚えていた。だがそのあとの記憶はいくら考えても、思い出せない。
どういうことなのだろうと考え込んでいると、背後から声がした。
「おい」
まさか人が居るとは思わなかったので、潤は思わずわあ、と声を上げてしまった。振り返ると、そこにいたのは少年だった。歳は高校生くらいだろうか。少年なのだが、その風貌に潤はポカンと口を開けたまま見つめてしまう。
濃い緑色の髪の毛。褐色の腕には白い刺青。彼が身に纏っている衣類は普通の洋服ではなく、生成色の布を体に巻きつけて紐で締めている、という変わった格好だ。そして何より特徴的なのは瞳だ。金色の瞳と青の瞳。見事な『オッドアイ』。
やがて、少年が無言で近寄って来て潤の腕を掴み、引っ張って歩き始めた。
その引っ張る力が意外に強く、潤は転びそうになりながら、少年に引きずられるようにして砂浜を後にした。
「そんな格好で、あんな所に寝そべっていたら大トカゲに喰われちゃうよ」
前を行く少年がそんな物騒なことを言い始めたので、潤は思わず身震いする。あんなに綺麗な砂浜なのに、大トカゲとか出るのかとぼんやり考えていた。しかし、日本に大トカゲが出没するような砂浜があるだろうか。何より大トカゲは日本に生息していたっけ、と潤が考え込んでいると、少年は歩みを止めた。
その先にあるのは小屋だ。少年は顎で小屋に入れ、という仕草を見せる。
ずれてしまった眼鏡を直しながら、なぜ、入らなければならないのかと不審がっていると、少年にそれが伝わったのか潤を見ながらこう言った。
「あんた、どこから来たの?そんな見たことのない格好してたら護衛兵に捕まって城で尋問されるけど大丈夫なの?」
「は?護衛兵って……」
潤がキョトンとしていたら、少年は腕を強く引っ張って半ば強引に小屋に潤を入れ、引き戸を閉めた。
「着替え持ってくる」
「おいちょっと」
少年はそう言うとどこかへ走って行ってしまった。
後に残された潤はそのまましゃがみ込んで、自分の置かれた状況をなんとか整理しようとしたが、どうにもまとまらない。
(この状況は、なんだ?夢なのか)
そう思っていた時、何かが飛んでいる羽音がして無意識に手で払おうとする。
「うわ、タンマ!もお乱暴だなあ」
どこからか声がして潤はキョロキョロ辺りを見渡すと、自分の顔の真横に羽根をつけた小さな人間が浮いていた。
「うわあ!」
体長十五センチくらいだろうか。手で包めるくらいの男性が浮いているのだ。まるで妖精のようだ。
「僕のこと、覚えてる?」
突然その小さな男が、直哉の目の前に飛んで来て、自分を指差しそう言っていた。こんな小さな人間に見覚えなんかある訳ない、と思いながらも、目を凝らして見た。
銀髪の彼は人懐こい顔をしていた。その顔は確かに、ここ最近見た気がすると考え込んで数分。潤は突然、思い出してその小さな男に向かい叫んだ。
「お前、あのバーにいた、隣の席の……!」
そう、この砂浜で目覚める前に出会った、あのハーフアップの男性だった。だがあの時はちゃんとした人間だった筈だ。何故こんな、妖精みたいな姿で飛んでいるのだろうか、と潤は頭を抱えていた。
「あー、ごめんね。驚かせて。本当の僕はこっちなんだ。妖精の【テンセイ】って名前でね、悩めるサラリーマンを異世界に転移させて楽にしてあげるのが趣味……いや、僕の仕事」
「はああ?」
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