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5.
幸い、前の世界でも料理をしていた潤は、アピチェの家に住ませてもらう代わりに三食を作ることにして家事もするようにした。アピチェは年上である潤にそこまでさせるのは嫌だと言っていたのだが、稼ぎ口のない潤は何もしないで養ってもらうわけにはいかないというものだから、渋々承諾した。
料理するにあたって一番心配していたのは材料だ。こちらの世界の食べ物がどんなもので、どう調理したらいいのか。初めはアピチェに教わっていたが、そのうち市場や商店街に一人で買い物に行くようになって、店主や店員に聞いて回った。初めは驚いていた店主たちも潤が記憶喪失で、何も知らないのだと知ると、色々と教えてくれるようになった。いまや、アピチェより店主たちと仲が良い。
前の世界にいたときは、人との関わりが面倒だと思っていた潤だが、この世界の人たちと関わるのは何故か楽しいと感じていた。店主たちと仲良くなったおかげで、潤の料理の腕はどんどんあがり、アピチェは毎日美味しくて栄養価の高い料理を食べれることになったのだ。
潤には弟のようで、アピチェには兄のような間柄になり、二人はすっかり意気投合していた。アピチェが休みの日には釣りに行ったり一緒に商店街を歩いたり。長く放っておいた屋根の修繕を潤がおこなったり、潤の体をアピチェがマッサージしたりと二人仲良く過ごしていた。
時には喧嘩をすることもあり、頑固なアピチェに大抵は潤が折れて謝ることがしばしば。まるで昔からの友人のように、二人は暮らすようになっていた。
食後、潤はふと街中を歩いている時に気づいたことをアピチェに言う。
「この国の人たちはオッドアイばかりなんだな。髪の色も黒がいない」
「オッドアイ?」
「左右の瞳の色が違うことだよ。俺は両方とも黒だろ」
「うん、みんな違う。潤が珍しいと思う。でも綺麗な黒だ」
「はは、ありがとう」
綺麗な金と青の瞳が潤を見つめてくるものだから、思わず目を逸らす。潤にはアピチェのオッドアイが少しだけ眩しく感じた。
ある日、潤は商店街に行った際に、散歩がてら城まで行ってみることにした。街中にある大きな城には国王のユウ三世が住んでいて、その護衛のため沢山の人が従事している。城に入るための門扉の前には二人の門番。その一人がアピチェだと気がついた。
兜をつけて、正装しているアピチェ。ジッと前を向いたままの凛々しいその姿に潤は目を細めた。
(家の顔とは大違いだな)
しばらく見ていると、ゆっくり扉が開き中から黒い馬に乗った騎士が複数出てきた。護衛兵とは違う立派な兜。威圧感もあり思わず息を呑む。数名が出ていく中で一人、アピチェに話しかけている騎士がいた。真紅のマントを着ていて、兜から出ている髪はこの国には珍しく黒髮だ。騎士は後ろを向いていて顔は見えない。アピチェはさっきまでの凛々しい表情が、柔らかくなり嬉しそうに何やら話している。
(騎士と仲良く話をしたりするんだな)
年相応の笑みを見せるアピチェにホッとしながらも、何故かちくりとした胸の痛みに潤は首を傾げながら踵を返した。
「今日門番してたの、見たよ」
夕飯を食べて、後片付けをしながらそう潤が言うとアピチェは潤にかけ寄ってきた。
「気がつかなかった。声かけてくれたらよかったのに」
「仕事中だろ。それにしてもお前、正装するとかっこいいな。立派な護衛兵だ」
近寄ってきたアピチェの頭をポンポンと叩くと、アピチェはその手を止め、真っ赤な顔になった。潤はその顔を見て笑う。
「そんなに照れなくても」
「……子供扱いするな!もう成人の儀も済んでるんだからっ」
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