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6.
それだけいうと、手を払い自室へと勢いよく走って行ってしまった。あとに残された潤は呆気に取られてその場に立ち尽くしていた。
(あー、まずったかな)
十七歳とはいえもう働いている身だ。子供扱いされて怒るのは当たり前かもしれない、と潤は後片付けを再開しながら考えた。そして不貞腐れたアピチェが二、三日は口を聞かないだろうとため息をついた。
案の定、翌朝になってもアピチェは一言も話をしない。とにかく頑固なアピチェ。潤が謝らないと折れないのだ。そんなところはまだまだ子供だ。仕事に出たアピチェを見送り、潤は今晩謝るかと苦笑いしていた。
その日の夜は、日が落ちたあたりから風と雨が突然ひどくなってきた。遠くに雷鳴が聞こえる。帰宅中に雨に降られてしまったアピチェは先に湯に浸かり、その後食事を取る。そして潤が謝ろうとする前に、さっさと自室へと行ってしまった。
今回も機嫌がなおるまで大変だなと潤がため息をついたとき、窓の外から雷光が見え大きな音がした。雷は平気な潤だが、今の雷は近くに落ちたようで驚く。そして、ガタン、と大きな音がアピチェの部屋から聞こえた。どうしたんだろうと潤は部屋に行ってドアを開けると、ベッドの上に毛布で身を隠しているアピチェがいた。その毛布の端をしっかり持ってまるで何かに怯えているようだ。
「具合でも悪いのか?」
潤が声をかけると、毛布の隙間からヒョコっと顔を出してきた。顔色が悪いし震えているようだ。潤が手を伸ばすと、雷がまた光り雷鳴がとどろく。
「ヒッ……!」
悲鳴をあげてアピチェはまた毛布に潜る。どうやら雷が苦手なようだ。潤はベッドにあがり、毛布ごとアピチェを抱きしめた。
「大丈夫だよ、俺がついてる」
そう言うと、ゆっくりとアピチェが顔を出してきた。怯え切っているその顔は子供そのもので、潤は思わず笑うが、ふと子供扱いしてしまっていることに気づく。またアピチェが不貞腐れてしまうかな、と思い体を離すと、毛布から体を出したアピチェが腕を強く握ってきた。
「離れないで!」
必死に懇願されて潤は驚きながら、毛布から出てきたアピチェの体を抱きしめた。
「怖くないから」
どれくらいそうしていただろうか。その間に雷鳴はしていたが、だんだんと遠くなっていく。それでもアピチェは潤の体を離そうとしない。
(よほど怖いのか)
ようやくアピチェは顔を上げる。さっきまでの青白かった顔が、今度は真っ赤になって、目が潤んでいる。口が半開きになって、はあ、と吐息をつく。
「大丈夫か?頰が真っ赤だぞ」
潤が頰に手を当てると、アピチェがその手を握ってきて、潤の顔前に近づいてきた。鼻と鼻が触れるくらいの近さで、潤が大きく目を見開いていると、アピチェが潤の目をじっと見ながらこう言った。
「潤……」
そうしてそのまま潤の唇に、自分の唇を重ねてきたのだ。カサついた唇の感触とアピチェの言葉に、潤は驚いて言葉も出ない。唇はすぐ離れるが、アピチェの体は離れない。
「アピチェ」
名前を呼ぶだけで、潤は精一杯だ。するとアピチェが小さく呟いた。
「好き」
「い、いつから……」
「あの砂浜で見かけてから。初めは気のせいかなって思ってたんだ。でも、一緒に暮らすようになって潤を知っていくうちに……。ごめんなさい。潤は何もしなくていいから。僕が勝手に思ってるだけだし」
ぎゅ、と体を強く抱きしめられ、オッドアイの瞳を潤に向ける。そんなアピチェの頭を撫でるのが潤は精一杯だった。
どうしたらいいのか、と潤は考え込みそのまま無言で頭を撫でていくうちに、思いを打ち明けてホッとしたのか、アピチェはそのまま眠ってしまった。
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