好きだよ その一言が言えなくて

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好きだよ その一言が言えなくて

 手を止め、まじまじと見るナツヒに、ユウナギもやっと思い起こした。 「ああ! そう、ずっとナツヒに礼を言いそびれてた!」  彼女はさっと彼の方に振り向き、そして衣服の中に入っていたその首飾りを表に出した。 「これ、ほんとは私への土産だったんでしょ?」  ナツヒは目を丸くしていて、すぐに返事をしなかった。 「あれ? 違うの……?」 「いや、そうだけど……どうして」 「シュイが渡してくれたのよ。私にくれるつもりでいたのに、ナツヒは恥ずかしくて渡せなかったからって。そういえば私たち、あの頃ちょっと、あれだったもんね」  ユウナギがなんだか照れくさそうに、指先でその白い珠に触れる。 「ナツヒからくれれば良かったのに……。でもとにかく、ありがとう! とてもきれい、気に入った! この白い珠、見つめてると、碧い海の景色が頭に浮かんでくるの。想像の海だけど」 「あ、ああ。……でもお前、兄上からもらったんだろ、首飾り」 「え? あぁ、うん。だけど、首飾りはいくつ着けていてもおかしくないでしょ」  とはいえ、いま彼女が着けているのは、その白珠の、ひとつだけだ。 「どうして……その、兄上からもらった方じゃなくて……」  ナツヒの話しぶりは、何やらまごついている様子。 「それが、ずっとふたつとも着けてたんだけど。水晶の方は旅先で、人に差し出したの」  ナツヒが訝しげなのでユウナギは説明した。人に重大な頼みごとをした際、その水晶の首飾りを僅かな礼として提供したのだと。ナツヒはそれを聞いて一時考え、こう尋ねた。 「なんで兄上からもらった方を差し出したんだ? 白珠より水晶のが価値があるのか?」  彼は一般的な石の価値についてはよく知らないが、彼女にとっての価値なら、自分の贈った白珠より、兄と出かけた先で手に入れた水晶の方が高いに決まっているのだ。彼女が手元に残しておくべきは水晶だろう。 「……兄様に買ってもらったのはもちろんすごく大事で、身に着けていたらいつも嬉しいものだったけど」  ユウナギは指の腹でいっそう白珠を撫で、言葉を続ける。 「シュイから聞いたの。これ、ナツヒが私のために、自分で珠を採って自分で繋げたって。そんなの、これ以上嬉しくて大事なものはないよ」  そんなふうに言って、そして、はにかんだ。 「…………あ――」  おそらく顔を見られたくなくて、ナツヒは彼女の肩に額を乗せた。普段、ナツヒからユウナギに引っ付いていくことはないので、彼女は少し驚いたよう。 「戦場に戻らないで、しばらく家で寝てたいな……」 「そうよね……」  彼はそういうわけにもいかない。ユウナギでもそれくらいは分かるので。 「十分休んでいって……」  こう言うしかなかった。 ⋆。˚✩*◌⋆。˚✩*◌⋆。˚✩*◌◌⋆。˚✩*◌⋆。˚✩*◌⋆。˚✩* 夏目漱石の「I love youの和訳」が「月がきれいですね」なら ナツヒの「好きだよの和訳」は「家で寝ていたい」です。(謎)
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