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「ねえ、どこに行くの?」
「美味しいものを食べに行こうか。今日はお父さんには内緒」
「うふふ、お土産ぐらいは買ってってあげようよ」
遠ざかる二人の姿を見つめながら、僕はため息をついた。彼女があの時と同じ姿でいるわけがない。もう十年も前の話になるのだ。そもそも、母親の方もあの時脳裏に浮かんだ映像で見た人物とは別人だ。
もしも、何らかの魔法を使っているとしたら。そんな考えが頭の隅によぎった時には、彼女たちの姿は見えなくなっていた。
「どうしたの、ハルト」
不意に肩をつつかれて、隣を見ると、妻が首を傾げてこちらを見ていた。
「なんでもない」
満月を見ると、彼女の事を思い出す。あの体験が、夢や幻でも構わない。今の僕は、沢山の経験を乗り越えてここに生きている。それだけで十分だ。
「またたそがれてる」
妻が隣に来て一緒に月を見上げる。彼女と、そのお腹の子を守ることが今の僕の使命。僕は彼女の少し膨らんだお腹にそっと触れた。
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