10.突拍子のない想像

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10.突拍子のない想像

 死に場所を求めて街をさまよった晴人は、疲れと空腹を抱えて小さな公園にたどり着いた。あたりはすっかり夜も更け、夜空には今夜みたいな金色の月が浮かんでいた。晴人は白いビニール紐を手にしたままベンチで途方に暮れるしかなかった。  そのときだった。ベンチで途方に暮れていた晴人に誰かが声をかけた。君、こんなところで何してるんだ?  あやしげなおじさんだと思ったけれど、今にして思えば大学生くらいの年齢のようにも思える。今の晴人の年齢と変わらないような。  その人物は腹は減ってないかと晴人にたずね、クッキーを差し出した。晴人がベンチに座る少年に差し出したようなクッキーだ。  そのときの晴人は差し出されたクッキーを夢中で食べた。貪り食べたという表現がぴったりのように。  何枚かあったクッキーを食べ終えたとき、晴人はなぜか今までに感じたことのないような満足感を抱いた。そのせいか、涙があふれてきてしかたなかった。そして、自分にクッキーを差し出してくれた人物に丁寧にお礼を告げ、家に帰った。  差し出されたクッキーを平らげた少年は、晴人に丁寧にお礼を述べた。これから家に帰って、将来のことをじっくり考えると告げた。少年が公園を立ち去ると、ベンチの上には白いビニール紐だけが残されていた。  あのときの晴人が差し出されたクッキーで空腹を満たし、そして手にしていた白いビニール紐を公園に置き去りにしてきたように。  それにしても不意義なことが起こるものだと、ベンチに置き去りにされた白いビニール紐をゴミ箱に投げ入れた晴人は考える。  中学校に登校できずに自ら生命を断つことを考えた晴人は、夜中の公園で出会った人物が差し出したクッキーを食べ、生命が救われた。そして今、おそらくは自分で生命を断とうと思い詰めていた少年は、晴人が差し出したクッキーで笑顔を取り戻した。  それとも。晴人は非現実的なことを考えはじめる。中学校に登校できない自分を救ったのは、今の自分なのかもしれない。今の自分が、中学校に登校できなかった頃の自分にクッキーを差し出した。そして過去の自分は今の自分に救われた。 「まさか」  突拍子のない想像に、晴人は思わず声を上げる。夜空には金色の月が輝いていた。あの夜と同じように。
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