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03.少年の背中だけが小さく
ベンチに座るのはまだ中学生くらいの男の子のようだ。晴人の鼓動が速く打ち続ける。その少年が手にするビニール紐は、きれいにパッケージされた楕円形のビニール紐の塊。
けれど、その塊の中心からは白い紐が飛び出している。そのビニール紐を使おうと試みたのか、あるいはこれから紐を使うつもりなのかはわからない。でも、確実なことはひとつ。その氷のように冷たく輝く白いビニール紐を、その紐を手にする少年自身の生命を断つために使うつもりだ。
「ねえ、君。こんな夜中になにしてるんだい?」
ベンチに近づいた晴人の声に驚いたのか、その少年は小さく体を震わせ、晴人の顔をじっと見つめる、追い詰められたような顔で。その顔にはまだ子どもらしさが残っていた。それもまだたくさんの。
「……、なんでもない」
少年はベンチから逃げるように立ち上がり、晴人に背中を見せて歩き出そうとする。けれど小さな公園なので、少年の行く手には生け垣やフェンス、そしてその先に建つ住宅の壁しかない。
少年は大きくため息をつくように肩を落とし、晴人に告げる。
「ほっといてくれないかな。関係ないだろ」
明らかに恐怖と不安にまみれた声だった。晴人自身を恐れているのか、あるいはこれから自分がするかもしれない行為を恐れているのか。
「君をほっといておくわけにはいかない。君は自殺しようとしてるんだろ? 見逃すわけにはいかないよ」
晴人の発した『自殺』という言葉に反応したのだろうか。少年は今にも泣き出しそうな顔を浮かべる。
「うるさい、なにがわかる」
少年は手にしていた白いビニール紐を大事そうに抱えたまま、晴人の横をすり抜ける。晴人が振り向くと、住宅街を抜ける道を全力疾走する少年の背中だけが小さく見えた。街灯の弱々しい光の中で。
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