04.両手の指の本数以上に

1/1

6人が本棚に入れています
本棚に追加
/11ページ

04.両手の指の本数以上に

 それは今から七、八年ほど過去のことだ。中学生だった晴人は、あるとき不登校になった。不登校になった理由はいくつもある。両手の指の本数以上にその理由を挙げられる。  登校時間になると晴人の心は重く沈んだ。悪魔の真っ黒な手が晴人の心をつかみ、原油のように真っ黒でドロドロとした沼の底に引きずるこもうとした。父親や母親がなんとか中学校へと登校させようとした。はじめのうちは晴人自身も無理に中学校へ登校した。  けれど、登校したら登校したで、そこは地獄。晴人の周囲には誰も近づこうとしなかった。小学校からの友人たちも、中学校に入学したばかりの頃は、それまでと変わらず晴人と親しくしていたが、あるときを境に晴人に声をかけることもしなくなってしまった。  晴人から友人の誰かに話しかけても、晴人がすべてを話し終えるよりも前に、友人たちは晴人の目の前から去っていった。晴人から、あるいはクラスを支配する誰かの監視の目から逃げるように。晴人はやがてクラスで孤立していった。その理由は今もわからない。  きっと自分に何かの原因があって、その原因さえどうにかすれば、ふたたび友人たちは自分と話してくれるし、そしてクラスにも溶け込める。晴人はそう考えた。けれど、具体的に自分のどこに原因があって、それをどう変えればいいのかわからなかった。  それを教えてくれる存在は、すでにクラスには誰もいなかったし、今となって考えるとその原因を取り除き、何かを改善したところで、晴人がクラスに溶け込め、友人を取り戻せるとは限らないからだ。  別に身体的な危害を直接的に加えられたわけでもないし、所持品がなくなったり、落書きされたりしたわけではなかった。それともはっきりと誰かに力づくで殴られたり、教科書にマジックで「死ね」と大きく書かれた方がよりマシだったのかもしれない。  晴人は教室で空気のようになった。いや、空気ならまだマシだ。晴人の存在を徹底的に無視しているからだ。けれど、当時の同級生たちは、晴人を空気というよりも毒を含んだ気体の塊のように認識していた。そこに晴人の存在をはっきりと感じ、避けていたから。  やがて晴人は中学校に登校できなくなった。自分の存在自身が間違ったもののように思えた。この世界に生まれ落ちてはいけない存在のように思えた。この世界のどこにも自分がいてはいけないように思えた。世界を満たす空気は暗黒で、風さえもどす黒く感じた。  そんなときに晴人が手にしたのが、白いビニール紐だった。
/11ページ

最初のコメントを投稿しよう!

6人が本棚に入れています
本棚に追加