08.たったひとりもいない

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08.たったひとりもいない

「ぼくが中学生のときだけど、僕も自殺ばかり考えて、そして自殺しようとしたことがある。学校に行けない子どもだったから」  晴人はそう少年に語りはじめた。ある時期から、晴人は中学校に登校できなくなったと。  晴人が中学校に行かなくなった最初の頃、父親は毎朝のように晴人を叱責した。怒りと困惑を込めて。ちゃんと学校に行かないとろくでもない大人になるぞ、つらいこともいやなこともたくさんあるだろうけど、大人になったらもっときついことはいくらでもあると。  けれど、晴人の不登校が一ヶ月も続くと、もはや父親は晴人に言葉のひとつすらかけなくなってしまった。失望と諦めが父親の心に満ちたからだろう。  家の中でたまに晴人と顔を合わせても、父親は何も言わずに、そんな表情を浮かべ、そそくさと晴人の前から逃げるばかりだった。  母親もまた登校できなくなった晴人に困惑し、そして懇願した。中学校は義務教育なんだから、ちゃんと通わないと大人になって困るのは自分だと。高校はどうするの? 大人になったらどうするの? 一生このままでいいと思ってるの? お願いだから学校に行って。  でも、そんな母親の疑問に答えられるわけがなかった。高校はどうするのか、大人になったらどうするか。そんな疑問に答えなんて持ち合わせていないし、一生このままでいいとは思えなかったけれど、ならばどうすればいいのか、晴人自身わからなかったから。  中学校へ行けなくなってしまった晴人は、世界のはしっこに追い詰められたかのように思えた。世界のはしっこは断崖絶壁。崖から足を一歩でも踏み外したら、荒波の渦巻く海へ真っ逆さまに落ちてしまう。でも、自分はもはやそこに落ちるしかない。そんな状況。  ならば、この世界から逃げるしかない。どうせこの世界に自分のいる場所なんてどこにもないし、自分のことを理解してくれる人間はたったひとりもいない。
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