09.いざそれを試みるとなると

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09.いざそれを試みるとなると

 世界のすべてに絶望した晴人は発作的に家を飛び出した。歩道橋の上や、流れる川の上にかかる橋の上にたたずみ、何十分も何時間も下を眺めた。けれど、欄干を乗り越える勇気はなかった。  自分の生命を断とうと発作的に家を飛び出したまでは良かったけれど、いざそれを試みるとなると、異様な恐ろしさと恐怖が胸に迫ってきた。けっきょく自分は死ぬことさえできない。そんな絶望的な思いがますます晴人を焦燥させ、ますます世界のすみっこへと追い詰めた。そんな気分で晴人は街をさまよった。  どれくらい時間が経っただろう。街はすっかり夜になっていた。街をゆく人々は忙しそうに家路を急ぎ、この世界に絶望した晴人がそこにいることになど気づかなかった。コンビニで買った白いビニール紐を手にした晴人の存在に、誰ひとり気づかなかった。 「君がいま、手にしているような白いビニール紐だよ。僕が買ったのは。そして死に場所を求めて、また街のあちこちをさまよった」  今まで来たこともない公園の木々や、その近くの川を流れる橋の下、そのあたりの地区の体育館の裏手のような暗い場所。  けれど、自分が死ぬにふさわしいと思えるような場所はなかなか見つからなかった。 「変だよね。どうせ死ぬつもりなんだから、自分が死ぬ場所なんてどこでもよさそうなものなのに」  晴人の言葉に少年が小さく笑った。初めて目にする笑顔だ。少年は晴人の差し出したクッキーをみな平らげていた。よほど空腹だったのだろう。そして白いビニール紐はベンチの上に置かれていた。クッキーを食べるのに邪魔だからだし、それに……。  空腹を満たした少年は、やがてぼろぼろと泣き出した。涙の粒がまるで真珠の玉のように、両目からころころとこぼれ落ちた。少年は声を抑えて大きく泣き続けている。金色の月が晴人と少年を静かに照らしていた。
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