08 カゾクダンラン (side AYA)

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「……彩?泣いているのかい?」  私はお母さんと紫信さんの人生をめちゃくちゃにしていた。  知らなかったからでは済まされない。 「私……どうしたらいいですか」 「どういう意味かな」 「もう紫信さんのところへは戻れません」 「戻らなくていい」 「どこか遠くへ行かなくちゃ……」 「行かなくていい。ここに居なさい」 「貴方の世話になる訳には行きません」  実の父親だとしても、面倒を見て貰おうとは思わなかった。 「私は彩に居て欲しいんだよ。欲しいものは何でも与えるから」  ……欲しいもの?  私が欲しいものって……なに?  私はただ……家族で仲良く暮らしたかった。  それ以上は望んでないのに。  それすら叶わない。  平凡な日常。それが何より幸せなんだって思った。 ◆  翌朝。彼は仕事があるからと帰ってしまった。  広い建物に独り。  リビングの大きな窓から、ジオラマのような街を眺める。  これからどうしよう。  ここに居れば何不自由無く幸せに暮らせるとは思う。  実の父親だしお金持ちそう。  でも初めて会った人だし甘えるのは嫌だ。  知らない街で暮らせば、きっと紫信さんを思い出すことも無くなる。  大丈夫。私は意外と図太いから。  あとは大きな問題をどうするか。  紫信さんは私で充電しないと動けなくなってしまう。  でも彼はお母さんと離れても普通に暮らしてる。  何か手はあるはずだ。  それが子供を産むことだったらどうしよう。  番って言うくらいだから繁殖が目的なのだと思う。  ちょっと触られただけで恥ずかしくて消えたくなるのに。  紫信さんと……子供を作るなんて。  でも。それで紫信さんを自由にしてあげられるなら。  私は……。 「……痩せなきゃ」  どうせなら綺麗な身体を見て欲しい。  紫信さんは抱き心地がいいって褒めてくれたけど。  何だか身体が熱い。  熱でもあるのかな。  紫信さんに会いたい。  抱き締めて欲しい。 「紫信さん……」 ◆  いつの間にかソファで寝てしまっていた。  キッチンの方から物音がする。  そしていい匂いがした。  シチューかな。  彼が帰っていたことに気づかなかった。  もう午後五時。  私は慌てて起き上がる。 「あの、すみません。寝ちゃってて……」  広々したキッチン。  そこに居たのは小柄な女性だった。  家政婦さんかと思った。  でも、違った。 「よく寝てたね、彩」  振り向いた顔。可愛らしい声。 「……お母さん?」  記憶の中にあるお母さんと重なる。  これは夢?  そうだ。私はまだソファで寝てるんだ。  お母さんが居るはずない。  ここはお母さんが嫌っている彼の別荘なんだから。 「彩、小さい頃シチュー大好きだったよね」 「……うん」 「苦手なニンジンもシチューなら食べてくれた」 「うん。そうだった」 「今もニンジンが苦手?」 「……ちょっと苦手」  お母さんが明るく笑う。  ずっと探し求めていた日常。  私は後ろから抱きついた。  子供の頃は大きく見えたお母さん。  今は同じくらいの身長だった。 「どうしたの、彩」 「……ごめんなさい」 「なんで謝るの?」 「私……紫信さんのこと好きになった」 「知ってる」 「……怒らないの?」  お母さんがIHのスイッチを切る。  そして私の方へ向き直った。 「しのぶくんは私が選んだ彩の番。お互い好きになるように出来てる」 「……そうなの?でも、それって本当に好きって言える?」 「本当の好き、って何だろうね」 「それは……自然に惹かれること?」 「そうかもしれない。もし私がしのぶくんを選ばなくて。彩が彼と自然に出会ったら?好きにならなかった?」 「……そんなの分からないよ」 「しのぶくんの顔とか身体とか声とか。ステキよね」  思い出しただけで頬が熱くなる。  確かに全部いい。 「たぶんね。私たちは娘に必要な男性を本能的に選んでるの」 「必要な……?」 「それが遺伝子なのか精神的なものなのかはわからないけどね。彩にはしのぶくんが適合したの」 「……そっか」 「しのぶくんが不満なら私が貰うけど」 「っそれはダメ!」  思わず声を荒らげてしまった。  冗談に決まってるのに。 「しのぶくんもステキだけど、私には(あおい)さんが居るから」 「……あおいさん?」 「一色蒼(いっしきあおい)。私の番」  蒼さんって名前なんだ、彼。 「お母さん、彼のこと嫌いじゃないの?」 「んー。嫌いでは、ない」 「じゃあ好きなの?」 「好きでもない。なんて言うのかな。同士というか戦友?みたいな感じ」 「そうなんだ」 「顔は好きよ」  ……私のイケメン好きは遺伝か。 「お母さん」 「なぁに」 「うちに帰って来て。一緒に暮らそう?」 「……怒ってないの?」 「寂しかったし悲しかったよ?でも恨んでない。またお母さんと暮らせたらって。ずっと思ってた」 「お邪魔じゃない?」 「邪魔なわけない」 「ありがとう、彩。でもムリかな」 「どうして」  お母さんが俯く。  帰れない理由があるなら知りたかった。 「彩のこと好きだから」 「好きなら一緒に暮らそう?」 「傷つけたくないの。彩のこと」  どういう意味なんだろう。  私はお母さんに傷つけられたことなんて無いのに。 「私は大丈夫だから。帰って来て」 「彩はいい子に育ったね。お母さん嬉しい」  照れくさかった。 「そうね。じゃあ」 「戻って来てくれる?」 「彩」 「なに?」  お母さんの両手が私の頬を包む。 「お母さんの為に死ねる?」 「え……?」  冗談……だよね? 「お母さんね。欲しいものがあるの」 「……なに?欲しいものって」 「それは彩の命と引き換えにしか手に入らなくて」 「……ちょっと待って。なに言ってるの?」 「それが手に入れば帰れるの」  お母さんは別人のように暗い目をしていた。  ……本気だ。  お母さんは私を殺そうとしてる。  夢だよね?嫌な夢だ。  外で車の音がした。  彼が帰って来たんだ。  私は慌てて玄関に向かいドアを開ける。  そして彼に助けを求めた。 「あの、お母さんが!お母さんが戻ってきたんですけど、様子がおかしくて」 「あぁ。知っているよ」 「どうしたらいいですか!?」 「彩。すまない」  ……何で謝るの?  彼が私の耳元で(ささや)く。 「七瀬の為に死んで欲しい」  お母さんが背後から私を抱き締めた。 「いい子ね、彩。大好き」  ……紫信さん。  ごめんなさい。  私、帰れそうにない。 【 続 】
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