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結局、朝方まで騒いで、それから寝た。
家族が増えて賑やかだ。
きっとこれからはこれが日常になる。
そんな気がした。
◆
「お世話になりました」
午前十一時。
玄関で彩と二人、蒼さんに頭を下げる。
「世話になったのは私の方だよ。いろいろと酷いことをしてしまったのに許してくれて。ありがとう」
「私は酷いこととは思ってません。紫信さんも。ね?」
「あぁ。七瀬さんを救えたんだ。恨んでませんよ」
蒼さんが微笑んで頭を下げた。
何をしても絵になる人だ。
俺も頑張ろう。
帰り道は俺が運転した。
真城は後部座席で騒いでいたが、そのうち静かになる。
バックミラーで見たら爆睡していた。
「真城さん、寝不足みたいで。迷惑かけちゃって申し訳ないです」
「そうだな」
「後で何かお詫びしないと。紅林さんにも」
「そのつもりだ」
助手席の彩は黙り込む。
会話が続かない。
元々、家の中でもそれほど会話は無かったが。
何と言うか、気まずい。
親子ではなく恋人になったからだろうな。
いい歳して情けないが、彼女になった彩にどう接していいか分からなかった。
「……紫信さん」
「何だ」
「私たちの子供のことなんですけど」
段階を飛ばし過ぎだろ。
俺は内心、激しく動揺していた。
「……子供がどうした」
「作らない方がいいと思うんです」
「……嫌なのか?俺とするのが」
「違います。そうじゃなくて……可哀想な気がして」
「可哀想?」
彩は少し考えてから、再び口を開く。
「その子もきっと想墨師の力を受け継ぎますよね」
「だろうな」
「私はその子の番を見つけないといけません」
「そうなるだろうな」
「その子も番の人も過酷な人生になります」
なるほど。だから子供を作らない。
彩らしい考えだ。
「俺は番としての人生を辛いと思ったことは無い」
「……そうなんですか?」
「彩は辛いのか?」
「……わからなくて。紫信さんと出会えたこと、一緒に居られることは凄く幸せなんですけど」
「俺たちが幸せだからと言って、子供も幸せになれるかは分からないな。確かに」
「……はい」
俺は蒼さんから聞いた話を思い出す。
「想墨師は元来、人々を苦しみ悲しみから救う為に存在していた。世の秩序を守る為に。でも現代は複雑になり過ぎている。数人を救ったところで何も変わらない」
「……そうですね」
「だから次の代を産み育てる必要も無いのかもしれないな」
「……いいんですか?紫信さんは、それで」
問われた意味が分からず黙っていると、彩は小さな声で言う。
「子供……欲しくないですか?」
「まぁ……欲しくないと言えば嘘になる。彩の娘だ。きっと可愛いだろう」
「じゃあ、産んだ方がいいですか?」
「すぐに結論を出さなくてもいいだろ。お前はまだ若い。俺だってあと十年、いやもっと先まで頑張る」
「……ありがとうございます」
彩は繊細な性格だ。大切にしなくては。
「子供が出来なければ、してもいいんだよな」
「……え?」
「きちんと避妊する」
彩は黙り込んだ。
また怒らせたか。
「……それなら……いいです」
「ん?」
「優しくしてくれるなら、してもいいです」
……マジか。
また怒られて殴られると思ったんだが。
「って、紫信さん治ってるんですか?」
「あぁ」
「いつから?」
「最近」
「……そうだったんですか」
「お前が大人になったかららしい。蒼さんが言っていた」
「本当に……そうなんですね。番って」
「治っても彩以外の人間とは交われない」
「そうなんですか?」
「試したことが無いから何とも言えないが」
「浮気できませんね」
「そういうことだな」
彩は嬉しそうだった。
俺が浮気するとでも思っていたのか?
「俺は彩しか見ていない」
「わかってます」
「生涯、彩を愛する」
「結婚式みたいですね」
「そうだな」
「私も」
「ん?」
「私も生涯、紫信さんだけを愛します」
運転中だから仕方ない。
誓いのキスは家に帰ってからしよう。
焦ることは無い。
これからもずっと一緒だ。
【 完 】
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