― ヨルノアメ (side AYA)

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― ヨルノアメ (side AYA)

 夜の雨が苦手だった。  お母さんがいなくなった日を思い出すから。  暗くなっても帰らないお母さんを待ってた。  小さな傘をさして、ずっと。  夜。紫信(しのぶ)さんの部屋のベッドで寝ていたら、ふと目が覚めた。  窓に叩きつける雨粒の音。  悲しくなって涙が零れた。  お母さんは生きて戻って来たけど。  記憶の中の幼い私には届かない。  ずっとずっと泣いている。  どうしたら泣き止んでくれるの? 「……(あや)?どうした」  紫信さんが後ろから声をかけてくれる。  彼は私を抱き寄せて、首筋や肩にキスをした。 「……なんでもない」  紫信さんに心配かけたくなくて平気なフリをする。  そしたら彼は私の耳に唇を寄せて言った。 「もう一回……するか?」  どうしてそうなるかな。  私のこと何だと思ってるの? 「……そんな気分じゃない」 「分かってる」  私を強引に仰向けにした紫信さんは、真上から真っ直ぐに見つめて言う。 「だから、するんだ」 「……意味がわからない」 「悲しいなら上書きすればいい。雨の日の記憶を」  ……紫信さん気づいてた。  私が雨の夜に泣いてたこと。  熱く(とろ)ける。身体が、心が。  雨の中。一人で泣いていた少女が遠く感じられた。  あの時とは違う。  私は大人になって、愛されてる。  紫信さんは何も言わなかったけど。  もう悲しまなくていい。  泣かなくていいんだよ、って。  そう言われている気がした。 ◆ 「昨夜は凄かったな」  向かい合って朝食を食べていたら、紫信さんが突然言い放つ。  私はホットミルクを吹き出しそうになった。 「な……なにが?」 「雨。店の前が冠水寸前だった」  あ、そっちの話か。良かった。 「彩も。いつもより凄かった」  今度は本当に()せる。  紫信さんは意地悪な笑みを浮かべてた。  紫信さん、泣きたくなるくらい優しくしてくれたから。  とても幸せな気持ちになれた。 「もう雨でも平気だな」 「……うん」  心の中の少女が笑った。  大丈夫。もう怖くない。  愛に捨てられた雨の夜は、甘く愛された記憶になった。 【 完 】
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