03 アイノカタチ (side SHINOBU)

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03 アイノカタチ (side SHINOBU)

 今でも分からないことがある。  何故、重度の人見知りだった彩が、初対面の俺の前では泣かなかったのか。  なので本人に聞いてみた。 「……そうでしたっけ?」  当時五歳だった彩だ。  記憶に無いのも仕方ない。 「たぶん……ですけど」 「たぶん、何だ」  彩は言いにくそうにしている。  彼女には何が見えていたのか気になって仕方ない。 「他の男の人たちはみんなお母さん目当てで」 「それは俺も同じだ」 「そうなんですけど。他の人は私のこと邪魔だと思ってたり……私にイタズラしようと思ってたりして」  そんなクズ野郎ばっかだったのか。  七瀬が再婚を考えなかったのも仕方ないな。 「紫信さんは全然違って。私と仲良くしたいと思ってくれていた気がします」 「なるほど」 「だから。迎えに来てくれたのが紫信さんで安心しました」  ……そうだったのか。 「私も聞いていいですか?」 「何だ」 「紫信さんとお母さん。出会ってから三年間も入籍しなかったんですよね」 「あぁ」 「何ですぐ結婚しなかったんですか?」  今度は俺が言葉に詰まる。 「すぐに結婚してくれてたら、私はもっと安心出来ましたし。もしかしたら妹か弟も生まれてたかもしれないのに」 「それは……アレだ」 「アレって何ですか」  こんな話をしたら引かれると思ったが。  彩ももう大人だ。 「七瀬さんと出会う前に付き合ってた女に捨てられたショックで男として役に立たなくなった」  少しの間。ようやく理解した彩の頬が赤く染まる。 「え……あの……じゃあ、紫信さんとお母さんって……」 「何も無かった。残念ながら」 「そうだったんだ……」 「治ったら七瀬さんと結婚しようと思っていた」 「あ、え?じゃあ治ったんですか?」  正直なところ分からない。  試す前に七瀬は居なくなってしまった。 「……ごめんなさい。変なこと聞いて」 「いや。その方がお前も安心だろ」 「安心?」 「俺が男じゃない方が」  彩はキョトンとしている。 「何だ、その顔は」 「考えたことも無かったです」 「何を」 「紫信さんが男だって」  当然と言えば当然なんだが。  心の奥がチクリと痛む。  そんなに魅力が無いのか俺は。 「紫信さんは家族なんです。私にとって。今は唯一の」  俺も同じだ。  彩はたった一人の大切な家族。 「お母さんが戻ってくれたら、もっといいんですけど」 「……だな」 「私、気にしませんから」 「何をだ?」 「妹か弟と年が離れてても」  ちょっと待て。  俺はどうとして、七瀬はもう無理だろ。 「そんなに子供が好きなら早く結婚して自分で産め」 「別に好きでは無いです。相手も居ませんし」  彩は可愛い。なのに恋人の気配は無い。  相手の感情が分かってしまうから恋愛も難しいか。 「紫信さんみたいな人が居たらいいんですけど」 「俺みたいな?」 「何があっても感情の色が揺るがない人です」 「それは難しいかもな」 「あぁ……いいなお母さんは。紫信さんと出会えて」  このままだと彩は一生、結婚出来ないかもしれない。  俺としてはその方が嬉しいが、それでは駄目だ。  彩には彩の幸せを掴んで欲しい。 「……紫信さん」 「ん?」 「……何でもないです」  何だ。気になるだろ。 「言いかけてやめるな。気持ち悪い」 「忘れてください」  何なんだ。 「彩に好きな人が出来ても俺は邪魔しない」 「そういうことじゃありません」 「じゃあ何だ」  問い詰めると、彩は諦めたように口を開く。 「私……魅力無いですか?」 「俺は可愛いと思うが」 「娘としてじゃなくて。……女として」 「……どういう意味だ」  いや、まさか。違うよな。  彩が求めているのは一般論。  俺がどう思うかじゃない。 「魅力的だと思う」 「本当に?」 「嘘言ってどうする」 「じゃあ、お母さんの代わりになれますか?」  ……待て。違うだろ。 「彩は彩で七瀬さんは七瀬さんだ」  彩は一瞬、泣きそうな顔になる。  でもすぐに笑顔になった。 「ですよね。ごめんなさい」 「……彩。お前」 「やだなぁ。冗談です。言ったでしょ?私、紫信さんを男と思ったこと無いって」 「……だよな」  駄目だ。それだけは。  でも。  もし、彩が本気で俺を求めたら。  止めることが出来るだろうか。 ◆ 「鐡さーん」  カフェの厨房に居た俺を呼んだのは郵便局員の真城だった。 「何だ。今手が離せない」 「彩ちゃんと何かあったんすか?」  指が滑ってフライパンの縁に触る。 「っあっつ!!」 「あー。図星だ」  水道水で指を冷やしながら真城を睨んだ。  何で奴が知っているんだ? 「今、二階に行ったんですよ。そしたら彩ちゃんレジカウンターに突っ伏して泣いてて。聞いたら紫信さんに変なこと言っちゃった……って」  どこまで話したんだ彩は。 「詳しくは分かんないですけどー。親子って言っても二人は他人だし?男女がひとつ屋根の下に暮らしてたらそーいうことになって当然なんじゃないですかねー?」 「当然な訳が無いだろう。貴様と俺を一緒にするな」 「七瀬さん。それを見越して鐡さんと結婚したらしいし」 「……誰がそんなことを言った」 「先輩が」  真城の前任者は七瀬と親しくしていたが。  いつもの軽口だろう。 「彩ちゃんアレが見えるから。普通の恋愛はムリだと思いますよ?」 「それは分かってる」  彩の人生は苦難の連続だ。  だから俺が生きている間は全力で守ろうと思った。  でも俺が居なくなったら?  彩はひとりぼっちになる。 「まあどうしてもって言うなら僕が彩ちゃん貰いますけど」 「その時は貴様の命が無いと思え」 「怖っ!鐡さんが言うとシャレになんない」 「……彩は強い。だから俺が居なくても大丈夫だ」 「わかってないなぁ。しっかりして見える子ほど脆いんですよ鐡さん」  ……確かに。彩は俺に弱いところを見せない。  きっと誰にも見せられない。  このままでは彩の心が壊れてしまう。  そして俺の理性も。 「早く帰って来てくれ……七瀬さん」  これから先、彩にどう接していいのか分からなくなっていた。 【 続 】
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