04 コイゴコロ (side AYA)

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「……いいなぁ。青春」 「お前だってまだ若いだろう」 「もう高校生じゃ無いです。高校時代も青春っぽいこと何ひとつありませんでした」 「そうなのか?」 「あぁ……青春しておけば良かった」  相手の心の中が丸分かりだから、恋愛とか無理だったけど。  私のこと好きだった男子も居た。  付き合ってみれば良かった。 「……俺のせいか」 「え?」 「俺の目が気になって恋愛も出来ないのか」 「違います!紫信さんは関係ありません」 「それはそれで……傷つく」 「何で紫信さんが傷つくんですか」  誰でもいいワケじゃない。  背が高くて顔が良くて声も良くて。自立してて家事とか完璧で……。 「って。紫信さんじゃん」 「何か言ったか?」 「何でもないです」  お母さんの娘だから好みが同じなんだ。  私も私の紫信さんを見つけなきゃ。  書いた手紙を大切に鞄にしまって、彼女は笑顔で帰って行った。  大変だけど素敵な仕事だと思う。 「彩」 「はい」 「続けられそうか?」 「続けられない、って言ったらどうしますか?」 「お前がどうしても無理なら、誰も来ない山奥に引っ越してもいい」  ……そんなことまで考えてたの? 「七瀬さんにも提案したことがあった」 「お母さんは何て?」 「私はこれが天職(てんしょく)だから、と」 「天職……」  就活に失敗して仕方なく家業を手伝っている私には(まぶ)し過ぎる言葉。  私もいつか言えるようになるだろうか。 ◆ 「こんにちは!」  明るい笑顔で文具店のドアを開けたのは、先日の可愛い女子高生だった。 「いらっしゃいませ。元気そうで良かった」 「あのインクで書いた手紙、スゴいですね」 「上手く行ったの?」 「はい!先輩と、遠距離恋愛することになりました!」 「そう!良かった!」  自分のことのように嬉しかった。  彼女は先輩と文通する為のレターセットを購入して帰って行く。  幸せに(ひた)っていたら入れ違いに真城さんが来た。 「こんにちはー彩ちゃん。今日は楽しそうだね」 「わかります?私、縁結びをしたんです」 「縁結び?」 「さっき帰って行った女の子。彼女が大好きな先輩と付き合えるようにお手伝いしました」 「……ふーん」  真城さん、こういう話題には食いつくと思ったのに。  反応が薄い。 「あ。もしかして嫉妬してます?自分の恋愛が上手く行かないから」 「上手く行ってるっての」 「じゃあ何ですか、その反応」 「あの制服ってさ。女子校だよね」 「……女子校?」  ってことは、先輩も女の子? 「百合に挟まる男は嫌われるから」 「私はてっきり……男の先輩かと」  そうか……そういうパターンもあるのか。  精神的な恋愛だったから、あんなに綺麗な色だったのかもしれない。  夜。事の顛末(てんまつ)を紫信さんに話した。 「まあ今時そういうこともあるだろう」  意外。紫信さんくらいの年代の男性は、そういうことに理解が無いと思ってた。 「……そうか。その手もありますね」 「何がだ」 「私、恋人は男性しか居ないと思ってましたけど、女性でもいいかな、って」 「……好きにしろ」 「好きにします。紫信さんも自由に恋愛してください」 「俺は……いい」  あ……。もしかしてまだ治ってないのかな。 「そういうことしなくてもいい、って人も居ると思います」 「お前はどうなんだ」  聞かれた意味が分からなかった。 「そういうことがしたいのか」  親子でする会話じゃないよね。  というかセクハラ? 「私は関係ないですよね、今の話」 「……そうだな」  後になって。湯船に浸かってる時に気づいた。  紫信さん、もしかして私のことも恋人候補に入れてる?  他人だから問題ないかもしれないけど。  え、でも。 「そんなことになったら、お母さんに会わせる顔ない……」  そもそも私、紫信さんのこと男性として見てないし。  紫信さん、まだ治ってないみたいだし。  だから大丈夫。絶対。  お風呂から出てリビングに戻ったら紫信さんがソファで横になってうたた寝してた。  珍しい。と言うか初めて見た気がする。 「……疲れてるのかな」  私が使っている膝掛けを広げて紫信さんのお腹の辺りに掛けてあげた。  十年も一緒に暮らしてるのに、彼の寝顔を見たことが無い。 「……綺麗」  男の人に使う褒め言葉じゃないかもしれないけど。  整った顔立ちが羨ましい。  お母さんも美人だし。  美男美女でお似合い。  そんなこと考えてたら紫信さんが目を覚ましてしまった。  至近距離で目が合う。 「あ……ごめんなさい!」  離れようとしたのに引き寄せられた。  彼は固まる私を抱き締めながら言う。 「……七瀬さん」  何だろう。胸の奥が痛い。  紫信さんはお母さんしか見てないんだ。  もう十年も待ち続けてる。  きっと、これからも、ずっと。  私なんかが入り込む隙は無かった。  何を期待していたんだろう。 「……バカみたい」  再び眠り始めた紫信さんの腕を解く。  一緒に居たい。でも傍に居るのが辛い。  気づかなければ良かった。  私は。  紫信さんが好きなんだって。 【 続 】
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