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知り合いと、縁もゆかりもない地で遭遇する確率というのは一体どれくらいだろう。
こちらとしては、いるかも知れないと思って歩いていたのだが、相手にとってはそうではなかったらしい。
数万分の一の奇跡を目の当たりにしたかのような、見開いた目をみると、驚きが尋常でなかったことを明らかにしている。
だが、すぐに現実を受け止めると、厳しい形相で私に問いただす。
「みつき! お前、なんでここに? 今夜は危険だから家にいろと言っておいたはずだ!」
トンネルを抜け、街灯が薄暗い路地に、やや光が差し込む。
ちょうど雲の切れ間から満月が顔を出したようだ。
深い溜め息とともに、イラついた気持ちを抑えつつ月を見上げる。
私の色白の肌が透き通るように見え、幽霊とでも思ったのだろうか。
彼は、1度私を上から下に視線を往復させた。
「月夜の遭遇……ですね」
ポツリと私は呟く。
私は、彼に無防備に歩み寄り、彼もまた無防備に近寄る。
彼の両手には何もなく、私もまた、両手には何も持っていない。
人間関係上、私に対しての警戒心は元よりなく、お互いに武器は持っていないことが明白だからだろう。
街灯の下の周囲の一番明るい場所まで近づいていく。
先ほどよりはやや和らいでいるものの、緊張感を保っているのはやはり職業から来るものだと思われる。
「今泉 高志」は、私のパートナーであり、現役の警察官。
警視庁捜査一課の担当として今夜警邏に出ている最中だった。
およそ3年前から世間を賑わせている無差別殺人事件は特定の周期で発生している。
必ずしも正確ではないものの、満月の晩に発生し続けていることから、「マーダー・ムーン」とか、「月下の狼」などと異名がつけられ、SNSを賑わせていたが、最近ではその賑わいも落ち着いている。
警察もまた、最初こそ沽券に関わると息巻いていたが、最近では諦めムードだ。
模倣犯なども出ていたが、マスコミに公表していない本件の特徴から、判別は容易だった。
関東圏内ということを除き、特に共通項がない事件だったが、犯行証明と言わんばかりにオリジナルのネームカードを遺体にそえていたのだ。
マンガやアニメの怪盗のごとく、これ見よがしに証拠品を残して自己表現していくやり方が当初警察への挑発と捉えられ、すぐに捜査本部が立った。
が、一向に捕まる気配がない。
初期の憤りはどこへやら、警察も長期戦を覚悟しだし、はや3年。
だが、ここへ来て、看過できない事件が発生した。
ちょうど一ヶ月前、先月の満月の晩に、1人の警邏中の警官が襲われるという事件が発生した。
二人一組で警邏巡回中だったのだが、挙動のおかしい女性を発見し、単独で飛び出して追跡したところ、途中でもみ合いとなり刃物で負傷したのだ。
犯人は取り逃したものの、かろうじて証拠品を得ることができた。
それが、マスコミ非公表の、犯行時に使われるオリジナルカードだった。
警官が襲われ、負傷するということも不名誉であり沽券に関わることではあるが、これまで全くの手がかりナシだった事件に、犯人との接触というとんでもなく大きな収穫があったことは、事態が急転するに十分だった。
すぐさまモンタージュが作成され、犯人のプロフィールが作成される。
痩せ型で、色白の30歳くらいの女性。
刺し傷と刃物の持ち手からは左利きが予想され、身長は160cm程度。
事件当時は白のワンピースを着ており、その行動履歴からは、付近の防犯カメラの位置などを熟知していることが窺えた。
一度もカメラに写らない死角を移動していたのだ。
一見すると、場当たり的な遭遇に思えたが、行動そのものは用意周到で計画的、非常に理知的であり、なんらかの形で情報収集能力も高いと思われた。
巡回中の警邏との遭遇は偶然だったに違いない。
怪しい挙動を見逃さず、声かけして追走したことは手柄だったが、負傷により休養を余儀なくされた。
一緒に警邏巡回していた今泉は、単独にしてしまったことを後悔しつつ、仇討ちといわんばかりに張り切っていた。
「今泉くん、相棒の『月島くん』は、しばらく休養だ。キミも無理せず復帰までは内勤で構わんぞ。気持ちだけが空回りしても仕方ないからな」
本部長はそういって、今泉の肩を叩いてくれたが、当人としては汚名挽回も兼ねて、なんとか捜査に加わることを切望し、許可を貰っていた。
「ねぇ、月島さんがケガしたっていうし、私、心配だわ」
今泉は帰宅するなり、婚約者から不安な思いを告げられる。
「犯人を捕まえるのが俺の仕事だ。今回は俺のミスで、アイツを単独にしてしまった落ち度もある。なんとしても捕まえたい。」
今泉は、一歩も引かない決意を口にする。
「でも……」
彼女がそう言いかけると、今泉も強い眼差しで彼女を見つめる。
「言い出したら言うことを聞かないことはわかってるもの。もう何も言わないから…… ただ無事に帰ってきて。お願い。」
「ああ、わかってるよ。いずれにせよ、満月がこないと犯人は動かない。それまでは危険は少ないさ。」
「そう……。ならいいけど、気をつけてね。」
「ああ。この事件が終ったらきちんと籍を入れよう。それまでは死ぬわけには行かないさ」
透き通るような白い肌をした手を握り返し、努めて明るく話題を変える。
「さ、とりあえずメシにしよう!」
彼女もまた、笑顔で食事の準備に取りかかった。
「今泉、お前は今日は留守番だ。リザーバーとして署に残って待機だ。」
本部長からそう告げられると、せっかく来た満月の夜に、今泉は署内待機となった。
バディを組む相手が、順調に回復してるとはいえ自宅待機中なのだ。
単独で警邏に出るわけにも行かず、渋々と指示に従う。
何もなければ、ただの内勤だ。
暇つぶしにスマホをいじり、婚約者とチャットツールで会話する。
「今日は満月だし、おとなしく家にいて、外に出るなよ」
そう伝えると、あまりの暇さゆえに、動画を閲覧し出す。
「犯人は身近なところにいるかも知れないし、油断しないで気をつけてね」
メッセージに既読はつけたものの、返信のタイミングを迷っている間に無線が入る。
パトカー無線のようだが、一方的で応答がなかった。
聞こえたのは、「立石トンネル出口付近でそれらしい女性の目撃あり。付近にパトカーがおらず、署から至近のため念の為署からの人員で確認願います」というもの。
たしかに、徒歩で10分の距離ではある。
だが、確認のため復唱したが、応答がない。
変な違和感を感じつつ、行動は早かった。
「無線で、付近の巡回を依頼されたので、少し行ってきます」
今泉は、誰に言うともなく叫ぶと、着の身着のままで署を飛び出していった。
「みつき! お前、なんでここに? 今夜は危険だから家にいろと言っておいたはずだ!」
「月夜の遭遇……ですね」
こうやって、殺人を犯し続けて、はや3年。
意外とバレないものですね……
「月が綺麗ですね」
と言ってプロポーズ兼告白をして、振られてから早3年半。
今や振られた女性は、あなたの婚約者ですわ……
以来、月を見るたびに屈辱で、遭遇した人を無差別に殺めてきました。
罪をなすりつけようと、犯人像をあなたの婚約者に近い情報にしたんですがねえ……
「事件が片付いたら結婚しよう」
なんて、死亡フラグじゃないですか。
先に今泉さんと遭遇することにしましたよ。
吊った三角巾から銃を取り出すと、無言で遭遇者に向けて発砲する。
「パンッ! パンッ! ・・・・・・パンッ!」
「みつき・・・・・・月島 光樹。お前だったのか・・・・・・」
薄れゆく意識の中で、呟くように問いかける今泉に向けて、再度の銃声がなる。
「パンッ!」
「そうですよ。」
無表情で遭遇を終えると、すれ違うようにトンネル内へと歩を進める。
「今夜は月が綺麗だ・・・・・・気持ちが滾る。次に遭遇した人も・・・・・・」
そう呟くと、拳銃の残弾を確認する。
「署内待機でイライラしてるんでしょ? 今から差し入れ持って行くよ。安心して! 渡したらスグに帰るから。もうトンネル付近まで来てるからちょっとだよ」
時を同じくして、横たわる今泉のスマホには既読になることのないメッセージが届いた。
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