二八(にはち)

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 東京に住んでいた谷村二郎(たにむらじろう)は8月から長野に住むことになった。父、大輔(だいすけ)の転勤が原因だ。二郎は嫌だった。今まで住んできた東京に愛着があり、便利だ。長野より長東京がいいに決まってる。単身赴任でいいから、東京に戻りたいと思っていた。だが、大輔の反対で、家族そろって長野に行く事になった。  二郎は北陸新幹線かがやきから車窓を見ていた。もう東京の景色は見えない。見えるのは山々だ。長野にやって来たんだと実感する。かつて、東京から長野に行くのに使われていた信越線は、長野新幹線の開業によって分断され、軽井沢からはしなの鉄道になった。北陸新幹線が金沢まで伸びた事によって、しなの鉄道の区間は伸びた。そして、並行する北陸線を転換した新たな第3セクターもできた。1998年の長野オリンピックを機に、長野駅は急速に変わり出した。  かがやきはあっという間に長野に着いた。埼玉の大宮駅からノンストップだ。今は新幹線の愛称になっているあさまが補助機関車と共に碓氷峠を超えていた頃と比べると、あまりにも早い。これが時代の流れだろうか?  二郎と両親は長野駅に着いた。長野も会点いた。東京ほどではない。ここも賑わっているが、東京ほどではない。二郎はホームに立ち、茫然としている。これからここで住むんだと思うと、本当にここでやっていけるのか不安になってしまう。 「さぁ、着いたぞ!」  大輔は元気な表情だ。これからの生活に夢を抱いているようだ。まるで二郎とは正反対だ。 「ここが、長野?」 「うん」  だが、二郎は下を向いた。東京が恋しいようだ。7月の終業式で、大好きだった同級生たちと別れてしまった。新しい小学校でもやっていけるのか、心配だ。そして、長野で本当にやっていけるのかも心配だ。 「どうした?」  大輔は二郎の方を向いた。下を向いている。どうしてだろう。新しい生活は楽しいのに。新しい学校でまた友達を作ればいいのに。 「東京がよかったのに」 「東京東京って言ってないで、受け入れなさい!」  母、澄子(すみこ)は厳しい表情だ。何としても早く慣れてほしい。ここでの生活も楽しいから。 「は、はい・・・」  二郎は澄子に気合を入れられて、ますます下を向いてしまった。これからの生活、頑張らないと。 「北海道はもっと寒いんだよ」  と、大輔は思った。少し慣れていないかもしれないから、少しどこかに出かけてみよう。そうすれば、少しは受けれてくれるかな? 「二郎、善光寺に行ってみようか?」 「いいけど」  善光寺は長野市内にある寺院だ。『牛にひかれて善光寺参り』という慣用句の元となった。正月三が日になると、多くの人が初詣にやってくるそうだ。  長野駅からは新幹線、JR、しなの鉄道の他に、長野電鉄という地方私鉄も出ている。善光寺に行くには、長野電鉄の善光寺下が最寄り駅だ。3人は地下にある長野電鉄の乗り場にやって来た。その先には、いくつかの電車が停まっている。長野電鉄の車両は、みんな東京で走っていたものばかりだ。地下鉄のように地下にあるので、どこか親近感がわく。だけど、ここは長野だ。  3人が乗った電車は、かつて東急電鉄で使われていた電車で、善光寺下駅は3つ先の駅だ。乗客はそこそこいる。東京比べたら寂しい。そう思うと、ここは東京じゃなくて長野なんだと実感する。  10分も経たずに、電車は善光寺下駅に着いた。どことなく東京の地下鉄の駅のようだが、少し古めかしい外観だ。そして、出入り口が少ない。  善光寺下駅を降り立ち、3人は善光寺までの道を歩いていた。ここはとても賑やかで、飲食店が多く集まっている。正月はもっと混雑するんだろうな。  歩いて10分、3人は善光寺にやって来た。善光寺には多くの人が集まっている。明治神宮ほどではないが、正月三が日はとても混雑しているだろう。  3人は賽銭箱の前にやって来た。3人は二礼と二拍手をした。大輔は10円を取り出し、投げた。お金は賽銭箱の中に入る。そして、3人は一礼をした。 「これからの生活、うまくいきますように」  と、大輔は思いついた。そろそろお昼だ。せっかく長野に来たんだ。本場のそばを食べてみよう。この近くにおいしいそば屋はあるだろうか? 「そば、食べようか?」 「うん」  3人は善光寺を後にして、参道に引き返した。この近くにそば屋はあるだろうか? 探さなければ。  善光寺の敷地内を出てすぐ、3人はそば屋を見つけた。三が日ではないのに、多くの人が来ている。善光寺の近くにあるから賑わっているんだろうか?  3人はテーブル席に座った。壁には懐かしい善光寺の写真が飾ってある。まるでここはちょっとした美術館のようだ。  程なくして、店員がやって来た。店員は3杯のお冷を持ってきた。 「いらっしゃいませ、何にしましょう」 「天ざる3つ!」  3にはすでに何を食べようか決めていた。やはり本場で来たのだから、天そばで食べるのが一番だし、そばの本場の天ぷらも食べてみたい気持ちもある。 「かしこまりました!」  店員は厨房に入っていった。厨房の中では、店員がそば生地を伸ばし、切っている。このように切っているのか。二郎は興味津々で見ている。 「ここのそばって、おいしいの?」 「そりゃあ、そばの本場だからね」 「ふーん」  大輔は感じていた。ここで食べるそばはおいしいに決まっている。だって、長野はそばの本場だ。きっとおいしいに決まっているさ。  しばらく待っていると、天ざるが載った盆を持った店員がやって来た。どうやら、出来上がったようだ。 「お待たせしました。天ざるです」  テーブルの前に天ざるが置かれた。3人はしばらく見ていた。これが本場の天ざるなんだ。 「いただきまーす!」  3人はざるそばを食べ始めた。コシがあるし、香りがいい。これが本場のざるそばなんだ。本当においしい。 「おいしい!」 「そうだろう」  二郎も感動しているようだ。そばはたまに食べるけど、これだけおいしいのは食べた事がない。 「やっぱり本場のそばはおいしいね!」 「うん!」  澄子もおいしそうに食べている。そして、これからの生活に期待していた。
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