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翌日、学校帰りに廃屋に行くと、そこには八重がいる。いつもの光景だ。だが、二郎の心はいつもじゃなかった。目の前にいるのは幽霊だ。怖くはないけど、幽霊だった事があまりにも衝撃だった。
「どうしたの?」
八重は驚いている。二郎の表情がいつもと違う。何があったんだろうか? 困っている事があったら、話してほしい。相談に乗ってやるから。
「おばあちゃん、死んでたの?」
八重はびくっとなった。幽霊だという事がバレてしまった。幽霊だと知ったら、もう二郎は来てくれないんじゃないか?
「うん、驚いた?」
「驚いたけど、全然怖くない。優しいもん」
二郎は笑みを浮かべた。幽霊だけど、八重は優しいから、全く怖くない。呪わないし、殺しもしないだろう。それに、八重と一緒にいると、なぜか安心する。
「ありがとう」
ふと、二郎は思った。八重は生前、どんな人だったんだろう。そば打ち名人だったという事しか知らない。どれだけの人に慕われ、そしてどんな人生を送ったんだろう。
「ねぇ、ちょっと聞きたいんだけど、生前はどんな人だったの?」
「知りたいかい?」
「うん」
すると、八重は悲しそうに話しだした。よほど悲しい過去があるようだ。二郎は八重をじっと見つめている。
それは40年前の事だった。八重はこの近くのそば屋の店長だった。八重のそばは好評で、全国的に知られていた。多くのそば職人が、その味を継承したいと思っていた。だが、誰もその味を真似できなかったという。4人の子供でさえも、その味を継承できなかったという。
すでに3人の子供は家を出ていき、残った三男だけが味を継承してくれると信じていた。だが、三男の五郎(ごろう)は東京のそば屋で働きたいと思っていた。八重はそれに猛反対で、八重が店長をしているそば屋の跡を継いでほしい、その味を継承してほしいと思っていた。だが、五郎はなかなか八重の思いに耳を貸そうとしない。
「どうして東京に行っちゃうの?」
引き留めようとする八重だが、五郎は全く振り返らない。今日、東京に行こうというのだ。どうしてここまでして五郎は東京に行こうというのか? ここに残ってこの味を継承するのがいいと思っているのに。東京のそばより、ここのそばの方がいいに決まっている。
「行くんだ! 東京には夢があるんだ! 東京でそばを作るんだ!」
五郎には夢があった。東京の人々のために、おいしいそばを作りたい。多くの人々を幸せにしたいんだ。それに、東京で豊かな生活をしたい。ここよりずっと稼ぎがいい。だから東京に行きたい。
「ここで作ろうと思わないの?」
「東京の方が儲かるんだ!」
五郎は玄関にやって来た。八重は引き戻そうとついてきた。だが、五郎は戻ろうとしない。
「ここで一緒に作ろう?」
「ついてくんな!」
だが、五郎は八重を蹴った。八重は呆然としている。そして、五郎は家を出ていった。東京で頑張るために。
「そんな・・・。この店、もう継げなくなっちゃった・・・。もう私の代で廃業するしかないのかな?」
八重はその場で泣いていた。もうこの味を継承する人はいないのか。こんなにおいしいそばが作れるのに。誰も継承できずに終わるなんて。そんなの嫌だ。
そして30年前、八重はこの世を去った。その死は、長野県中のそば職人に知れ渡り、多くの人が八重の死を悲しんだという。長野一のそば打ち名人とうたわれた。もう八重のそばを食べる事ができない。そう思うと、寂しくなった。誰も継承できずに、その味は消えてしまう。あらゆる物事に終わりがあると言うけれど、とても残念な事だ。
「八重さん、おいしいそばをありがとうございました」
遺影の前で、そば職人たちは献花をしていく。その中には、4人の子供もいる。4人ともそば職人だが、誰もその味を継承できなかった。
「八重さん、店を継げなくて、残念だったね」
「八重さん、最後まで息子さんの事を心配してたね。店を継いでほしかったんだね」
八重は死ぬ直前まで、子供たち、特に五郎の事を考えていた。東京で頑張っているらしいけど、疲れたらここに戻ってきて、一緒にそばを作ってもいいんだよ。いつでも待ってるよと口々に言っていたそうだ。だが、その思いはかなわなかった。
「もう八重さんのそばが食べられなくて、つらいよ」
近所の人々は泣いていた。八重の作るそばがもう食べられない。あの味はもう誰も作れないだろう。そう思うと、残念で仕方ない。
「どうか、天国でもおいしいそばを作ってください」
「ありがとう!」
そして、八重の遺体は家族や、多くのそば職人に見送られて、斎場を離れていった。
二郎はその話に聞き入っていた。そして、いつのまにか涙を流していた。
「そうだったんだね・・・」
「もうこの味を継げないと思ってたんだけど・・・」
八重は悲しんでいた。今でも幽霊としてここにいるのは、味を受け継げなかった無念からだ。今頃、子供たちはどうしているんだろう。もう死んでしまったんだろうか?
「大丈夫、僕がいつか、この味を継いであげるよ!」
「ありがとう!」
八重は満面の笑みを浮かべた。やっとこの味を受け継いでくれそうな人が現れた。でも、生前に現れてほしかったな。嬉しいようで、どこか残念だ。
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