天ぷらの衣

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 くっきりとした二重まぶたと長いまつげが印象的な美人だった。シックなワンピースに趣味の良いカーディガンを羽織っている。左手でトレッキングポールを突いていた。 「それ! 私のご飯です!」  僕は一瞬戸惑ったが、すぐにムッとして言い返した。 「僕は出されたものを食べてるだけだ。値段も同じだろ。文句言われる覚えはないよ」 これで黙ると思ったが、見るからに華奢なその女子大生はどこからそんな声が出るのだろうと思うほどの音量で言い返して来る。 「A定食、アレルギーがあるから食べられないんですけど!」 僕はため息を吐いた。 「悪かったよ。でも、もう口をつけちゃったし、そのA定食をB定食と替えてもらったら?」 「廃棄しろって言うの? もったいないじゃん!」  彼女はトレッキングポールを持つ左手の肘と右手でトレイのバランスを器用に取りながらやって来る。イルカが泳ぐように優雅で手慣れた動作だ。そうして、僕の向かいの席に座ると、アジフライ以外のすべての料理を交換することを要求したのだ。A定食のメインディッシュのカニクリームコロッケはしっかりキープして。  それが神崎紗英と僕との出会いだった。英米文学科の二年生だと自己紹介する彼女に、僕は困惑を隠しながら経済学部の二年生だと嘘をついた。  紗英は不思議な人だった。杖なんて突いていたら、内気な性格になるのが普通だと思うが、彼女は堂々としていた。 「君、有川くんっていうんだ? これも何かの縁だからちょっと私の話聞いてよ」  紗英はそう切り出すと、ユーモアを交えて講義の課題の多さに文句を言ったり、ある教授をコミカルにこき下ろしたりし始めた。当惑する僕をよそに彼女はその間も通り過ぎる友達に手を振ったり、声を掛けたりと忙しい。勢いせわしく相槌を打つ嵌めになった僕は中々食事が進まなかった。  僕がようやくデザートの杏仁豆腐にたどり着いたとき、彼女はとうに食べ終えていた。しゃべる用とは別にもう一つ口があるに違いない。
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