天ぷらの衣

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「経済学部なら教えて欲しいんだけど、限界効用逓減の法則って何なの?」  僕はヒヤリとしたが、冷静を装って尋ねる。 「何でそんなこと知りたいの?」 「一般教養で経済学取ってるから。わけわかんなくて困ってるんだよね。ねえ、教えてよ」  紗英は両手を合わせて、ちょっと小首を傾げてみせた。くそ。悔しいけどかわいい。僕はためらいながら口を開く。 「限界効用逓減の法則というのは、商品を最初に入手したときよりも二度目以降手に入れたときの満足度が下がっていく現象のことだよ」 「どうして? 物が二倍になったら嬉しさも二倍じゃない?」 「実際はそうなってないはずだよ。ビールを飲んだときを思い出してみて。一杯目の方が二杯目より美味しいし、三杯目は二杯目よりも美味しくないでしょ?」  紗英はおおっと大きな目を見開く。 「さすが経済学部! サンキュー。有川くんって頭良いね」 「頭なんて良くないよ。パプアニューギニアがどこにあるかも知らないし、神父と牧師の違いもわからない」 「それな!」  紗英は声を立てて笑った。  その天真爛漫な笑顔を見て、僕は内心叫びたいほどホッとしていた。  バレてない。やっぱり僕の能力が彼らより劣っているわけではない。  僕が経済学に少しだけ詳しいのは仕事で役に立つかもしれないと思って以前講義に潜ったからだ。不動産会社で働く僕は、社長から景気の動向を読めるようになれと口を酸っぱくして言われている。6人しかいない会社だから確定申告の書類作成から電気設備の配線まで何でもできなくてはならない。  別れ際紗英は言った。 「有川くんって私に気を遣わないね」 「……悪いか?」 「その反対だよ。気に入った」  紗英は顔中を笑みにした。
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