天ぷらの衣

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 世界への復讐のため、僕は時々正体を偽っている。こう書いたら現代ファンタジー小説の主人公を思い浮かべるだろうか? だが残念ながら僕は魔道士でも超能力者でもない。ただの二十歳の会社員だ。 その日も外回りの途中原付きを駐車場に止めると、僕は渋谷にある大学の学食へとやって来た。来る時間はいつも午後一時以降だ。十二時からの一時間は混みすぎていて座る場所がない。  ここで昼飯を食べ、時々は講義も聴く理由は、周囲の人間が皆、僕をこの大学の学生だと思い込むからだ。それが痛快だった。  母子家庭で育った僕には大学進学という選択肢はなかった。高校もバイトしながら何とか卒業した。学費がバカ高いこんな私立大学なんて別世界のファンタジーだ。 でも、一歩キャンパスに足を踏み入れてしまえば、誰も僕の正体に気づかない。周囲で話している学生たちの会話も、僕が高校時代に友達と交わしていた馬鹿話と大して変わらない。 それでも親ガチャの壁は超えようがないから、僕は今安月給でシャカリキになって働いていて、彼らは四年間遊び呆けてその先もリッチな人生をエンジョイするのだ。ふざけんな。  カウンターでA定食を受け取ろうとすると、B定食が出てきた。イラっとしたが学食はレストランよりも給食に近い存在だ。仕方がない。  そのままトレイを持って窓際の席につく。秋の明るい日差しが大きなアーチ型の窓から射し込んでいた。ガラス越しに大勢の学生たちが行き交っているのが見える。皆が自分より美男美女に見えるから不思議だ。 僕がアジフライを食べようとしたとき、 「待って!」 という声が聞こえたが、そのままかぶりついた。当然だ。ここに僕の知り合いはいない。声を掛けられる覚えもない。 「あー!」  その声があまりにも大きかったので思わず視線を向けると、女子学生がカウンターの前からこっちを見ていた。
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