プロローグ(起承)

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プロローグ(起承)

爆発音とともに僕らに降り注ぐのは、視界を埋め尽くす白。そのあまりの強さに、声を上げることもできない・・・いや、正確には上げた声も届きはしない。音の強度に耳は潰され、目は今まであった背景を奪っていく。そうして、ゼロコンマの世界は徐々に正常な思考速度へと変化していき・・・・・しかしてその直前、僕の世界は暗転した。 夢想に漂う自分を自覚することは、誰しもができることではない。でもこれは、夢心地だと絶対に首肯できない程に自分の脳裏を焼き尽くす、そんな地獄のような夢。 視覚を働かせようとするも、先にあるのは光も届かぬ暗黒。おそらく、景色がそうというわけではなく、視覚を働かそうとするも、その目は何度も潰され修復し・・・を繰り返した状態。他の五感も同じく、周囲の靄が体を蝕むように食い尽くしていることなら自覚できるも、自身をただ苦しめるだけにあるような、渦巻く『何か』を実感することすらできない。 それを何億年、何兆年・・・無間地獄を鼻で笑えるような時間を、どれだけ味わっていたかなんてわからない。絶望は退屈に、痛みは平凡へと転換し、もはや自身が狂人へと変わったことに疑心はない。廃れた心は余す所なく壊れているというのに、そのようなことをお構い無しに、この地獄は止まらない。 そうして来るは、最も恐るべき『飽き』。例え本人が望まぬものだとしても、時間は全てを解決する。ゆえに、唯の人間では一生味わえぬような地獄を喰おうと、永遠に浸る身にしてみればただの暇つぶしでしかない。永遠にとって梅雨にもかけぬそれですら終わってしまったのなら・・・ 「ぃわ・・・おい!!アイワ!!聞こえるか?」 「ぁ・・?」 「お。目覚めたぞ!」 酷い夢から解放された僕の耳に、最初に飛び込んできたのはよく知る旧友の声。 「雅・・ってミヤビ!!無事だったのか」 悪夢にあてられた脳は、未だ正常とは言えない。しかしその大声は、意識をフル稼働させる必要もないほどに、特徴的だった。 男児にしては珍しい、ウェーブがかった焦げ茶色の長髪と、端正な顔立ち。加えて、僕と同じ学生服姿を認識したところで、その声と姿が一致した。 「俺の名前・・わかるんだな?記憶飛んでないってんなら良かった良かった・・いやあ、どうなることかと思ったぜ。」 親友の名は雅正人(みやびまさと)。いわゆる幼馴染であると同時に、学校の同級生でもある。僕らは、先程まで大型デパートメントに来ていたのだが・・。 「ここは?」 まだ正常な視力として成さないその目を、出来る限り凝らして、辺りを見渡す。電灯もないために、その空間認識に、ひどく時間がかかってしまう。しかし、十数秒程経った後、古びた鉄格子で囲った牢であることに気がつく。そして、僕ら二人以外にもう一人、囚人がいることにも。 「あの・・あなたは?」 空間の角にてあぐらを描く彼に、恐る恐る声をかけてみる。しかし、僕の緊張感と裏腹に、彼は砕けた口調で答えた。 「お?おお・・なんや起きたんか坊主の人。」 「ん・・・」 十厘の頭を指摘され、学生帽を深く被る。傍目で苦笑するミヤビを横目にして。 男の容姿に奇異的なものはない。オールバックの黒髪に、紺色のTシャツ、脇に据える腕っぷしは、多分並以上のそれ。何か建築業等の力仕事をやってるのかもしれない、という印象だった。 「ケケケ・・気にしてんのかい?オレからみりゃあ、今時坊主ってのもよく見るもんでぇ。あ、オレは川島誠てんだ。よろしくな共犯者どもってな?」 「ははは・・・川島の旦那。俺らは犯罪者じゃあないっすよ。まだね?」 「おいミヤビ・・その『まだ』ってのに僕は入れるんじゃあないぞ。」 いつの間にやら仲良しの二人へ、呆れたように愚痴を言う。少なくとも軽口を叩けるような状況ではないと思うのだが・・・・逆に、これくらいの度胸で居る方が良いのだろうか。 「とにかく、川島さん・・・でいいか。僕の名前は藍和優(あいわゆう)です。川島さんもデパートに?」 「お?おおよ・・・オレは娘とはぐれちまってな?探している内、馬鹿みたいに眩しい閃光喰らい、気がつけば囚人ってやつや」 若々しい声と暗い視界でカモフラージュされていたが、その顔つきと皺の濃さは、だいたい40代前後というところか。それなら、娘がいる年齢というのも妥当だ。 「んじゃあ最後に、俺の名前はミヤビ・・・って、もう川島さんにはしてるし、アイワもわかってる。とにかく、今はどうするか、だよな?」 「ああ・・・もし他の牢があれば、他にもデパート客とかがいるのかも・・・・って痛っ」 牢の外にある景色を見ようと立ち上がったところで、二の腕に鋭い痛みを感じる。思わず手で押さえ込もうとするも、内に響くそれが消える事もない。 制服下にあるそれを見るために、学ランを脱いで袖を捲る。 「これ・・は・・」 人体の色から滲み出る色としてはそう見ない、真っ黒な紋様。十字架の形を成すそれに、驚きを隠すことができなかった。 「お前にもあったかそれ。」 そう言うと、ミヤビも同じように袖を捲る。ソイツにも同様に十字架の紋様が浮かび上がっていた・・・が、僕のそれとは少し異なる。 「青色?」 「ああ。お前のとは違うみたいだ。かっこいいと言いたいところなんだが・・・軽口叩くほど上等なものでもないよなこれ。」 いつもの明るい口調をやめて、その紋様を睨むミヤビ。 「位置的にゃぁ、注射でもされたんかね・・・・おい、オレのも見てくれや。」 「川島さんにもあったんですか?」 「いや、オレのは二人のとは違くてな?」 前例のように袖を捲る川島さん。そこに紋様はなかったが、暗闇でもわかるほどに、その箇所がひどく腫れている。 「大丈夫ですか?」 それがあまりに痛々しいので聞いてみたが、川島さんは首を横に振った。 「ぜーんぜん。なーんも痛くない・・というか、何も感じないんや。」 「それって痛いよりまずいじゃないですか?」 「せやな。一刻も早くここ出て病院に行かなあかんってことやろな。」 「ええ・・・・・・決まりっすね、おいアイワ。お前これからどうする?」 突如、回答の自由度が高い質問を投げかけるミヤビ。ただその問いの答えは二択・・・いや実質一択であることくらい、僕は見抜けていた。 「わかってる。ここから出よう。」 少なくとも、僕らをここに閉じ込めた連中が、碌でもないことには間違いない。ここでお利口に待っていたとして、ソイツらが僕らに利を与えてくれるなど考えられない。 「オレも賛成や。で、どうする?当たり前っちゃあ当たり前なんやが、オレもここがどこかも分からないで。」 改めて牢の外を見る。鉄格子の幅が許す限りで、辺りを見渡してみるが、長廊下の先は暗闇であり、脱出口に当たるものも見当たらず。一方で、監視の目があるかも気になったが、警備員の足音などが聞こえる事はなかった。 「悪く言えば手がかりなし。良く言えばやれることは、一択ってところ・・・この牢を強行突破、そこから出口を探索するしかないってところかな?」 「なるほど・・・この鉄格子の細さ程度なら俺の筋肉で・・・って流石に無理か。」 僕の提案に応えるように、鉄格子を揺らすミヤビだったが、残念ながらびくともしない。その様子を見かねてか、部屋の隅で沈黙を貫いていた川島さんが、口を開いた。 「なあアイワくん。そこに鍵穴ってのはあるか?」 「え?まあ牢ですから・・・」 「じゃあここは・・・・オレに任せてくれ」 「まさか、針金で何とかするたぁ・・・その技術、俺にも教えて欲しいっすよ。川島の旦那」 「いやいや・・・・立場上そういうわけにもいかんのや。」 川島さんの見事なぴっきんぐ?という技術(初めて聞いたがそう言う名らしい)により、外に出ることができた。安全ピンで開錠する様は、さすがの僕も、感嘆の声をあげた。 「川島さん、もしかして泥棒だったりします?」 「阿呆・・・その逆、れっきとした警察や。」 「え?警察?」 予想外の返答に、らしくない素っ頓狂な声をあげてしまう。その声が周りから見れば、可笑しなものだったのだろう。ケケケと独特な笑いを挟み、川島さんは説明した。 「実はこの前の案件で、こういうことする輩がおってな?現場検証でそれができるかってのを、オレが担当したんや。まあそれで、ちょこおっとだけ練習したんやけど・・・まさかオレも別の件で、役に立つとは思わなんだ。」 「旦那・・・立場上ってのはそう言うことっすね?」 「せや。一般市民にこんな知識与えたら、警察の恥晒しや。だから・・・ま、今回はたまたまドアの閉め忘れだったってことにして本部には内緒にしてくれや。」 「「了解です(っす)」」 心強い味方の居る今の状況に安堵しつつ、改めて道先の景色を見る。相変わらずの暗闇だが、徐々に影が減衰している。その先に、終わりがあるのだろうか。 「なあ、なんか臭くねえか?」 「?どうしたミヤビ。」 「いや俺さ、起きてから感覚研ぎ澄まされてっから、妙に敏感になってるというか」 視覚に少しずつ希望が見えたことに反比例し、嗅覚は不穏な空気を見逃さない。ミヤビにそう指摘された(のち)、嗅覚に染み込む強烈な悪臭。 「これは・・・・う」 進むたび咽せる生臭さに、咽頭(いんとう)へ何かが込み上げる。その気持ち悪さに、遂には立つことすらままならず、へたり込んでしまう。 「あ、れ・・?」 視界の急落による新たな視点にて、僕はそれ(・・)に気がつく。一点を見つめる僕の様子を見てか、二人も気づいたようだ。 「なんや?」 さすが警察官というべきか、誰よりも早く、異常区域にあるそれ・・・黒い液を垂れ流す牢に向かう川島さん。それに続くようにミヤビも歩き出したので、最後尾として遅れないよう、よろよろと立ち上がる。 「これ、は・・・」 牢にぶちまけれたそれらが視界に入った。再び喉が熱を帯び、吐き気を催して・・・いや、思わずその場で吐いてしまう。 「大丈夫か・・・いや、オレもこんなんなっとるのは見たことない。無理はないわな。」 背中をさすってくれる川島さんに対して、感謝の意すら示すことができない。呼吸を少しずつ整え、改めて顔を上げる。 そこにあるのは、鮮やかに照る薄ピンク色の固形物たち。ゼリー状の赤い薄膜に包まれているそれらに、ネズミやらが集っている。暗闇にて目立っていたのがそれらだったために、一瞬気づかなかったが、それらより少し大きな他の固形物たちは主に赤黒い色を主色とし、様々な形を成して散らばっている。 そしてそれらより、比較的小さな・・・サイズで言えばピンポン玉程度の白い球体。改めて、それらが何なのかを認識する。 「ぇあ゛・・・」 人の臓物のそれらを見るなど、当然ながら初めての経験であった。 「アイワ君・・・・」 「ずびば・・・ずみ、ません・・・・」 咽頭の気色悪さが悪化する。吐瀉物が底を尽きているというのに、僕の身体は胃の絞り出しを止めてくれない。 「なんすか・・これ」 僕の様子をよそに、ミヤビが質問を投げかける。体調の酷さは僕程ではないものの、かなり無理しているようではあったが。 「バラバラ死体ってな・・・・でもこれは殺人というより、内側から破裂したっという感じかねえ」 その言葉に悪寒が走る。先ほど見た二の腕と、今の光景を結びつけるのであれば・・・いずれ僕らも・・・。 「死ぬ・・・・ころ、される・・・っ!!」 内側の爆発・・・それが果たして自身にいつ振りかからぬか分からない。その疑念が、冷静でいるための理性の、最後の砦をぐちゃぐちゃに壊す。 首吊り、ナイフで一突き・・・そういうありきたりな死に方も嫌だが、きっとその当事者になれば諦めを受け入れるかもしれない。だが・・・。 「これはダメだ・・・・こんな死に方、なんてっ・・・・!!」 歯がガチガチと震える。もう腰を抜かして立てない・・何も考えられない。僕はこんなに臆病だったのか、心が折れるとここまでに人は脆くなるのか。 「アイワ君」 芯に響く鶴の一声に、心の喧騒が鳴り止む。 「・・・・川島、さん」 「これは考えたってしゃあない・・・けど、一つ約束することをできる」 そう言ってミヤビにも一瞥しつつ、告げた。 「オレがお前らを返す・・・・・・ここにいる一番の大人としてや。」 「でも・・・僕らはいつ爆発するかも」 「ああ。さっきも言った通り、考えたってしゃーないし、起こったらオレも止めることができん。だから急ぐで・・・ここにいる連中の裏を描いて、全員で打ち上げや・・・・それまでオレがお前らを死なさなん。」 「どうしてそんなに強くいられるんです?」 自分とは齢がかけ離れていて、人生経験も違うことは分かっている。それなのにどうしてそんなに強く在れるのか、その根本的な理由は間違いなく、年の功などという単純なものではない。何か僕とは違うそれを持っている。 「それが俺の仕事っちゅうことよ。」 「・・・・・」 「呆れたか?まあそう思うのはしゃあねえか」 何だか、気が抜けてしまった。それは恐怖に脱力したということではなく、この空気に見合わぬ剽軽さでこちらを見つめる川島さんに対して、である。 「・・・行こうぜアイワ。出口が見えた。」 「ミヤビ・・・」 気づけばミヤビも立ち上がり、こちらに手を差し伸ばす。その背後で、小さく差し込むネオン色の光。ドアから漏れ出すそれが、道標にあたることは間違い無いだろう。 「俺も旦那の言ってることはわかるけど・・・でもわかんないけどよ・・・・とにかく早く出たほうがいいってのは変わりないだろう?俺もこれをさっさと武勇伝にしてやりたい・・・・お前とのな?」 「・・・・うん。そう、だね。」 全く情けないことだが、二人に背中を押され、ようやく立ち上がることができた。(よだれ)(まと)う唇を拭き取り、改めてその先を一瞥する。 「じゃあ行くか。オレが開けるぞ、いいな?」 足並み揃え、堂々と僕らは進む。 その先に、ありもしないハッピーエンドを見据えて
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