プロローグ(転結)

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プロローグ(転結)

「・・・・これは」 扉の大きさ(スケール)からして、小部屋のそれだが、実際の領域はかなりのもの。驚愕の元種は、それだけではない。何かしらあると予期していたその部屋に、物陰の一切が存在しない。ことさら奇異なのは、今までの古びた廊下からは、予想できないほどに綺麗な部屋であったことだ。 「川島さん・・・」 「ああ。まさかなーんもないとはな。せめて窓とかあれば、脱出とかできたってのになぁ・・」 「引き返しましょうか?廊下は反対側の道もあったはずです。そこからなら、きっと出口も。」 「いや待てアイワ・・・あるぞ出口。」 「?」 振り返ると、ミヤビが壁に耳を近づけている様子。ノックしながら壁際に沿って歩を進めていた。 「お前さんそれ・・・・ノックして探知するとか初めて見たわ」 「ノックで探知?」 「そうや・・・帰ってくる音で状態を把握するってなあ・・オレもできへんよ。」 「・・・・・二人とも静かに頼む。」 その言葉に黙りつつも、内心首をかしげる。ミヤビとは長い付き合いだが、そんな特技も、ましてや耳がいいなんてことも聞いたことない。隠れて練習でもやってたのだろうか?だが、できることなら何でもかんでも自慢するミヤビだし、気づかないなんてこともないはず。 「・・・・・・ぁ」 「よし、分かったぜ旦那!!」 僕の思慮を他所に、ミヤビは壁のある一点へ、何度も蹴りを入れる。軽い凹みが加えられたかと思えば、そのヒビの領域が少しずつ大きくなる。数度繰り返したのちに、人一人が入れる程度に広がった。 「よっし!!これで通れんじゃあねえの?まあどこに繋がってるかは分からんけどな」 「なあミヤビ・・・」 「ん?どうした?」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・いや、やっぱいい。脱出してから後のことは考えよう。」 「おうよ。」 疑念を持つのは最後でいい。今はここから立ち去ることを考えるべきだろう。 思考を切り替えて穴の中へと入る。その様子に何や言いたげなミヤビだが、今の僕がそれを話す気にないことを察してか、これ以上追求することもなかった。 部屋の外の空間は、先ほどの廊下と同様に古臭いものだが、それに加えてどこから湧き出たのかも分からない、(さび)混じりの水が張っている。先が見えないのは先ほどの廊下変わりないが、行き止まりでないだけマシだろう。 「お前さんら、ちょっと後ろにいててな。」 こちらに一瞥もくれず、中腰のまま僕らの前に立つ川島さん。 「?・・・どうして・・・むぅ」 聞き返そうとした僕の口をミヤビが抑える。その真意は、ものの数秒で理解できた。 「■■〜〜〜〜〜■ァ〜〜〜」 かなり離れているせいで、意味もわからないが何かの声がする。いや、この綺麗に間延びしたそれは、ある種の唄だと予期できる。 「・・・・まさ、か・・・」 沈黙を破り、駆け出す川島さん。一瞬見せるその横顔が、今までの様子では考えられないほどに焦燥感を帯びていた。 共に一瞬呆けてしまった僕らだったが、その唯ならぬ様子を放っておけず、その先を駆け出した。 反応したのは廊下の時と同様に嗅覚。むせ返る生臭さに、改めてその先の景色に覚悟を決める。そうして顔を上げた先には、 「これ、全員・・・・」 先程の『残酷に中身が飛び散った』といったような状態ではない。それでも、目の前にある人の山を前にして、たじろぐことしかできない。 「アイワ・・・・これデパートの奴らだよな?だってこれ」 遺体の山の内、制服姿の者に指を指すミヤビ。確かに、その小綺麗なネームプレートは、従業員しか身に付けないもの。ならば、それ以外の彼らも、デパートにいた者たちと考えていいのかもしれない。 「ミヤビ・・・・生きているか?僕はその・・・触りたくないというか」 「・・・同感だ。って、俺にその役振るなよ!・・・まあでも死んでるって考えたほうがいいぜ。だってコイツら、死体の匂いがする。」 死体の匂い・・・別に、そういう種類の匂いを識別するほどの技能は持たないが、キッパリと忘れられるほどに、僕の頭は都合よくできていない。あの時・・・牢の内にいた凄惨な光景。それは視覚だけでなく、嗅覚にも焼き付いていたのだから。 「それでも・・・・もしかすると、生きている人がいれば」 「ああ・・・・そう言われりゃあ、生者が紛れてるかもって可能性は否定できないがな・・・ただ、そいつらを助けるってなら、一度脱出して自分の身の安全を確かめてから・・って川島の旦那?」 ミヤビが言葉の端に疑問符を置いたことで、川島さんが見当たらないことに気がついた。死体の山々に視界を防がれていたことにより、その存在を気づけなかっただけで、そう遠くない場所に彼はいた。 ただ一人、少女の体を抱き抱えて。 「ぁ」 「わかな・・・わかな!!よかった・・・本当に無事で・・・」 人らしく可愛い顔立ちで、人らしく寝息を漏らすソレを、川島さんは強く抱きしめている。 「川島さん」 「川島の旦那!!よかったすね!!娘さん見つかったってんなら、万々歳じゃないですか!」 「おうよ!!じゃ、ここを」 「離してください・・・」 「え?・・・あれ?アイワく」 “縺?◆縺?縺阪∪縺縺?◆縺?縺阪∪縺縺?◆縺?縺阪∪縺縺?◆縺?縺阪∪縺縺?◆縺?縺阪∪縺縺?◆縺?縺阪∪縺縺?◆縺?縺阪∪縺縺?◆縺?縺阪∪縺縺?◆縺?縺阪∪縺縺?◆縺?縺阪∪縺縺?◆縺?縺阪∪縺縺?◆縺?縺阪∪縺縺?◆縺?縺阪∪縺縺?◆縺?縺阪∪縺縺?◆縺?縺阪∪縺縺?◆縺?縺阪∪縺縺?◆縺?縺阪∪縺縺?◆縺?縺阪∪縺縺?◆縺?縺阪∪縺縺?◆縺?縺阪∪縺縺?◆縺?縺阪∪縺縺?◆縺?縺阪∪縺縺?◆縺?縺阪∪縺縺?◆縺?縺阪∪縺縺?◆縺?縺阪∪縺縺?◆縺?縺阪∪縺縺?◆縺?縺阪∪縺縺?◆縺?縺阪∪縺縺?◆縺?縺阪∪縺縺?◆縺?縺阪∪縺縺?◆縺?縺阪∪縺縺?◆縺?縺阪∪縺縺?◆縺?縺阪∪縺縺?◆縺?縺阪∪縺縺?◆縺?縺阪∪縺縺?◆縺?縺阪∪縺縺?◆縺?縺阪∪縺縺?◆縺?縺阪∪縺縺?◆縺?縺阪∪縺縺?◆縺?縺阪∪縺縺?◆縺?縺阪∪縺縺?◆縺?縺阪∪縺縺?◆縺?縺阪∪縺縺?◆縺?縺阪∪縺” 「それをすぐに離せ!!!」 骸の少女は、顔の穴という穴を拡げる。ゼラチン状の黒液を垂れ流す目尻には、人体にあるべき目玉を携えず、虚空の黒が僕らを捉える。泣き叫ぶためなのか、僕らを嘲笑うためなのかも分からぬその口は、頬を強引に裂くほどまで広がっている。 直後、ソレは産声を上げる。あらゆる生物に属しない・・・強いて言うならば鯨の叫びに近い、神秘的轟音。 「あ」 呆けたかのように川島さんは呟く。きっと僕らも、彼と似たような心情だったのかもしれない。 どろりと床に落ちていく黒液の量と対照的に、少女の体が徐々に萎んでいく。まるでソレらが、自分を構成した全てであったかのように。 「わか・・・な?・・・おい、どこ・・・・に・・」 「嘘だろ・・・・何だよこ、れ・・・・なあ、川島のだん、な」 「なんの冗談や・・・これ、なあ!!」 膨らみを失った衣服を握りしめ、川島さんは叫ぶ。今までの態度を裏切るかのように、焦燥感に支配されて。 「は・・はは・・どこに行ったんや?・・・なあ、冗談なんやろ?・・・こんな・・こんなふうな・・・・こんな悪趣味なこと教えた・・・覚えは、ないんよ?」 「川島さん・・・・娘さんはもう・・」 「あ゛?」 おそらくは、間違いなき事実を交えたセリフを締める・・・・その前に、川島さんの怒声がソレを妨げる。 「だ・・・旦那?」 「オレのわかなが、何やて?・・・もう死んだとでも言いたいんか!?」 たった今、目の前で、娘に似たソレを失い、半狂乱になった川島さんに、届く声はない。キレ気味な態度で、僕へと掴み掛かろうと歩み出した、その瞬間だった。 「え?」 川島さんの周囲を占める黒い泥。ソレらが少しずつ気化していく。 いや違う、蒸発したのではない。なんせ初めからこれらは液体などではなく、小さな『蝶』の群れだったのだから。 蝶は宿木を失った。ならば次の行動はどうするか、実に簡単な話だ。 「あ゛ああああああああああああああああああああああ・・・・!!!!寄るな寄るな寄るな寄るなア!!!!」 次の宿木として見つけた極上の餌。『いただきます』の対象は、川島さんだった。 どうにか必死に追い払おうとするも、群れを成して襲いかかる蟲ども。たった二手だけでどこかに追いやろうとすることなど、できるはずもない。 「やべ、・・やが・・・ぁ・・」 口を塞がんとする舌が食いちぎられる。払う手は噛みつかれ、その傷口から侵入される。無用な目玉も突き刺され、虚空になった穴へと入り込む。 この十秒にも満たぬこの凄惨な光景に、僕もミヤビも動けなかった。身体的な問題ではない。この中で誰よりも勇敢だったあの人が嬲られている今に、頭が追いついていなかったのだ。 川島さんの声量に比例して、群れる蝶達の姿は徐々に減っていき、やがて飛び回るものは、一匹たりとも見えなくなった。 「あ・・・あ゛・・・なぎご・・・びえな、い・・・うぶ・・・ゔぉ、え・・ぁ」 口を抑える川島さん。その吐き気を抑えようと・・・いや、舌も失われた口では抑えきれずに、結局吐いてしまった。しかして、その吐瀉物の量が異常だった。どう見ても人間が一気に吐き出すものとしては、明らかに異常。まるで、もう人の食物など受け入れることのできない、というような。 「ば・・・あ゛あ・・・ああああああ・・・・いやだいやだいぎゃだ・・・!!じにだくない・・・じに・・・あ・・あああああああ!!!・・・・からだがいだ・・・い!!」 肩甲骨にあたる、背中の瘤が膨らみ、モゾモゾと蠢く。異様な体の伸縮はその箇所だけではない。全身のあらゆる器官の流れを無視して、ナニカが体の中で這い回っている。もうこの器には抑え込めないというように・・・その孵化が始動する。 「ごんだ・・・バゲ、ものに・・・なりだぐ・・・ない・・・・オレ・・・ば・・・・にんげんな゛んだああ!!!」 それが最後だった。 衣服がはち切れる勢いで肉体が弾け、霧散する。人の血液かも分からぬ黒いソレらが、僕の目に飛び込んでくる。その勢いは、人の体には、ここまで水が詰まっているのだという事実を、再認識させるほど。 先ほどの虫のことがあったため、液ができるだけ体内に入らぬように、急いで目を擦る。そうして、ぼやけた視界を整えた上で顔を上げる。 「・・・・」 破裂の中心部。 川島さんがいた場所に在るは、脊髄や心臓、脳といったような人の核にあたるそれではない。 白い木の根のようなナニカ。それがこんがらがり、固まり、まともな両脚の無く、しかして体積が並の人間程度の人型を成して立っている。 奇異と判断すべきは、その姿だけではない。返り血・・・もしも今、ソレが川島さんから出てきたものならば、多少なりとも染みいるのが当然だ。だというのに、ソレは純白な状態で僕らの前に立っている。まるで、僕らの瞳に『その姿』が描かれているだけだと錯覚するほどの異物感。 “御馳走様” 「え?」 その声は間違いなく、川島さんのそれだった。その怪物に口と呼ばれるそれはない。ならば、どこか・・・ 「アイワ・・・っ!!!」 ミヤビが何か叫んでいる・・・その声に応えようと唇を開いて・・・・・その口筋に何か赤黒いものがこぼれ出す。 「・・・・・・・・ごぽっ・・・」 思考が止まる。ありえざる状況に脳が追いつけなくなったからでは無い。 胸部・・僕の右胸から突き出ていたソレ故だ。 強烈な痛みに、立つことすらままならず、膝から崩れ落ちる。その要因となった背後を振り返る。発生源にあたる箇所にて床の形状が変異し、鋭利なものとなって、僕の胸を貫いていた。
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