第21話:唯人と魔女(序章最終話)

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第21話:唯人と魔女(序章最終話)

眼前にて、僕の前に立つ少女。銀色の義足を、自身の右脚に携えるアンナ。 雨晒しの地で、不安定な体軸を整えながら、彼女は口を開いた。 「ずっと探していたんだよ。未成年の釈放なんて、そう簡単に手に入る情報じゃないからさ」 「アン、ナ?」 「まずソレは、預かっておく。」 刃の柄に触れるアンナの手指は、丁寧な力加減でソレを引き抜く。刃先が見えるまでに至ると、胸部から血が再噴出される。刃が刺さったままゆえに停止していた出血が、再稼働されようだ。 「ぐぷっ・・・・」 「普通なら、刺さったまま慎重に処置するのが正しいけれど、勝リ者(ヴィクター)の場合、早めに除去しなければ、穴の空いた状態を正常と捉えて、体に癖がついてしまうんだ。大丈夫?すぐに出血は止まるはずだよ。」 「なんと、か」 彼女の言った通り、出血はすぐに(おさま)る。熱を帯びる患部が、そそくさと瘡蓋を生成していく。 さながら医療スタッフの如き、アンナの動き。そういえば彼女は、シャウトミジールの医療に携わる者である。手慣れた動きは、このためだろう。しかし、そんな『誠実性』や『経験』をもってして、彼女は自身の焦燥を隠しきれていない。 「君の死ぬ未来が見えた。天啓のように突然、ね。だから私はここに来れた。そう(・・)なる前に、来れたんだ。」 「みらい?」 「言っただろう、私には多少の未来が見えるって。何があった?というよりも・・・・・なぜ、そうしようとした(・・・・・・・・)?」 その質問の意図は考えるまでもない。彼女は、僕が何を試みようとしたのか勘付いているのである。どうにか言い訳しなければならない。 彼女の罪悪をこれ以上、昂らせてはならない。 「僕、は・・っく・・・」 仰々しく答えようとして、乗り出した体が崩れた。ベンチから(こぼ)れた僕の身体が、膝から水たまりに浸る。けれど、姿勢そのものが横にならずに済んだのは、彼女が正面から受け止めてくれたから。 傘を捨て、彼女自身の身体が濡れることすら梅雨知らずして。 「アンナ・・?」 眼前に映る彼女の顔が、ほんの一瞬、凍りつく。内心首をかしげ、僕は彼女の名を呼びかける。数秒の沈黙を貫いた後、彼女は見開いた瞼の強張りを抑える。 「わかった。聞かないでおくよ」 何かを察したような様で、彼女は言った。 あるいは、実のところ、僕が『何を言うか』について予期したのかもしれない。数秒先なら確実に見通す彼女の未来予知だったら、僕の口走る台詞の『もしも』を識るくらい、容易いことなのだろう。 そうして改まったように、彼女は言の葉を紡ぐ。 「ひと月前、シャウトミジールで緊急会合があった。題は『module2.0』改め、『module3.0』が出回っている件、『到達者』騒動の事後処理対応、そして、君の処遇・・・・・結論からいうと、君を死罪にする流れが強まっている。」 「え?死、罪って・・・」 重々しい二文字に絶句する。そんな僕を、申し訳なさそうに、彼女は見つめる。 「君は、到達者を単騎で撃破した。魔人達はその事実から、君を危険視している・・・・・負傷した私が目覚めた頃には、議題が終わっていた。実行を遅らせるぐらいしか、私にはできなかったんだ。」 彼女は、その緊急会合に参加できなかったのだろう。おそらくはステージ4の出現と、アンナの音信不通をもって、彼らは『アンナを死亡扱い』していた。だからこそ、彼女が欠けた状態で議題が展開された。『僕を知る』者がいない、あまりにも不公平な議論を。 「棄却の条件として、『勝リ者(ヴィクター)をやめさせる』ように言われたけれど・・・・君は傷つきすぎた。そう成ってから時間も経ってしまった。君を、常人に戻すことができない。」 「さい・・・ですか。」 薄々ソレは勘付いていた。ひと月前と今を比較すると、『キセキ』の馴染みが全然違う。それまでは外付けで使っていた感覚が、今はもはや『自身の一部』として魂に組み込まれている・・・・感覚だ。 後戻りできない、という確固たる自信があった。 「だから私は、提案をしに来た。」 「提案?」 これまでの話の文脈からして・・・アンナが僕の処刑人として現れたのだと考えていた。まあ実のところ、シャウトミジールの魔人達からすれば、そういう意味合いで彼女を派遣してのかもしれないが。 脳内にて一節の結論すら成せない内に、彼女は提言する。 「シャウトミジールの・・・魔女の、主従制を利用する。君が私の魔徒(まと)になるんだ。」 魔徒(まと)。魔女の生徒と書いて、魔徒(まと)。 その二字熟語には聞き覚えがある。アンナが言及した100年前、到達者に対処した魔人や魔女に連なる、勝リ者(ヴィクター)。要するに、下僕や眷属にあたるものだろうか。 「魔徒(まと)は、魔女の弟子であり、いわゆる魔人候補。今代に何かしらあった場合の代理として、主従を結ぶ。一時的にでもいいし、形や上辺(うわべ)だけでもいい・・・・君が承諾してくれるのなら、私は君を守ることができる。」 「助ける対価として僕に魔徒(まと)になれ、ということですか?」 「違う。そうする(・・・・)ことで、君を守れるんだ。君が魔徒(まと)である場合、議会にとっても話が変わってくる。魔徒(まと)を死罪にするのは、一般人にそうするよりも、やり辛いことだから。」 つまるところ、『議会の決定』が遅延によって未確定であることを利用し、僕がアンナの魔徒(まと)になることで、その決定に『待った』をかけられるというわけだ。 「よく、わかりました」 おそらく、これ以上の策はない。案に至るまでに、彼女は相当頭を回したのだろう。しかもこれは、『議会への敵対行為』とみなされる恐れもある。魔女や魔人同士の繋がりが、どこまで厳格なのかは分からないが、少なくともアンナ自身、多少のペナルティは承知のはず。 その覚悟をもって、僕の元に駆けつけた彼女。ゆえに・・・・申し訳なく感じた。 「僕は・・・死罪を、謹んでお受けします。なんなら、今すぐ断罪して(殺して)いただいても構いません。」 「・・・・・・・・・は?」 間の抜けた声をあげるアンナ。おそらく彼女にとってその返答が、あまりに予想外のそれだったのだろう。困惑の相をもって、彼女は問い返す。 「なんのつもり?」 「僕はこのまま死を待つべき、ということですよ。そうなった方が一番キレイ、だと思うのです。」 「きれ・・・・・い?」 成すべきことを成す、という自身に課した人生の楔。それは、他者から事象を『受け入れる』こと対しても然り。『人殺しの僕』、『親友を救えない僕』、『役立たずの僕』・・・・・そんな僕が今、成せることなど、ごく僅か。 それは、罪を受け入れて正しく罰せられる、ことだ。 「はい。綺麗。綺麗なんですよ。人は、正しく死ぬべきなんです。ソレは罪人も然り。親友を殺した人間は、誰から見ても許される者ではない。のうのうと生きることは許されてはならない。罰は、絶対に受けるべきなんです。」 人を殺した自分は・・・・のうのうと無罪放免に扱われた自分は、許されざるべき悪だ。だから僕は、あらゆる人間から様々仕打ちを受けてなお、足りない(・・・・)と考えていた。罰してくれる誰かを探していた。 そんな中で現れた、『死罪』の知らせ。全くもって、都合が良かった。 「ちょうど良かった。ええ。ちょうど良かったんです。ようやく折り合いがつきます。『成すべきことを定め、ただ成せ』・・・・・その在り方を貫いて、抱いて、死ねるんです。これほど綺麗で、調和的なことが、ありますか?」 真っ赤な喉に知らんぷりをきめて、口上のテンポを加速させる。曇天から滴る雫を巻き込みながら、仰々しく舌を回す。乾き切った笑い声を、口奥で組み直して。 「ハハハ・・・やっぱり僕は運がいいですよ。本当、あなたが来てくれなければ自殺するところでした。危うく、正しい死に方を逃すところでした。」 「本気で、言ってるの?」 「はい。だって、こんな・・・・親友を死なせるような、役立たずに、何ができますか?僕には、罪を踏み倒すことが許されるほどの価値はなんてない。はなから、ないんで、す・・・・けほっ・・・」 紡ぐ言葉が遮られる。外部からのソレではなく、慣れぬ長台詞に耐えきれなかった故の咳き込み。憔悴した語尾によって一段落した僕の心は、致命的なことに気がつく。 彼女はそんな僕を生かそうと、懸命になっていた。僕の意思がそれを裏切る以上、謝意は不可欠である。思いつく限りの詫び言を、心の内で燻らせた。 その、間際。 「・・・・・・・・冗談じゃない。」 「・・・・ぇ?」 僕の両肩に携えられる、華奢で嫋やかな彼女の手。怒気の孕んだような強張りを持つそれは、口を開こうとした僕を遮るに足るもの。しかして対照的に・・・・・・その相の、憂色に包まれた様。 紡がれた叫びは、それに見合わぬものであった。 「自分嫌いも、大概にしてよ!!!!!!」 不透明ゆえに、曖昧なイメージでしか押し測ることのできない彼女の心象。しかして、『心象読み』を多用してきた僕だからこそ、キセキなんて用いずとも、大雑把な感情を読み取るくらい、容易いと考えていた。 ゆえに、不可思議な感覚だった。 「間違っていれば死ぬべき?役に立たなければ死ぬべき?ふざけ、ないで・・・・きみ、は・・・君は・・・本気でそれが『したい』ことだっていうの!?」 激昂する彼女の声音と、その悲壮な顔が、余りにも対照的。魂の底で彼女が何を想うのかを読めずに、僕は困惑する。そんな戸惑いの脳で、一所懸命に口実を設ける。 「・・・・・・『成すべき』ことです。『したい』ことを口にだす資格は、僕にない。」 「資格?誰がそんなことを決めたの?君自身か?誰かに言われたか?あるいは、誰かの影響で導いた結論なのか?その誰かは・・・・・君が苦しみ続けることを、本気で望んでいると思うの?」 「・・・・それ、は」 言葉に詰まった。僕にこの在り方を託したあの人(父さん)が、『苦しむ誰か』の在り方に対して正しい、と・・・・そう宣う姿が、全く想像できなかった。ゆえに、肯定の意を返すことができない。 「仮にそんなことがあったとしても・・・・・・君を含め、誰も彼もがそれに肯定を返したとしても、私だけは、納得するものか。納得してたまるもの、か。そうじゃなきゃ、あんまりだ。だって君は・・・・」 雨打つ音が、掻き消える。そんな『気のせい』にうつつを抜かせぬほどに、僕の心は彼女の言葉に傾倒した。 「君は幸せになるべき、人間なんだ・・・!!」 「・・・・・・ぁ」 うちひしがれるような、感覚を覚えた。 対話の応酬において叩きのめされたから、というわけではない。ただ、その言の葉を聞いた瞬間、心底に積もっていた、黒い靄のようなソレらが、粉々に砕け落ちたような感触だった。 これではまるで・・・・・・僕自身が、その言の葉を、待ち望んでいたようではないか。 「私を恨んでいれば良かったんだ。折り合いがつけられるのなら、ソレでも構わないと思った。けど、ユウがそんなことが出来る人間じゃないことは、わかっていた。だからこそ、君の幸せを紡げる何かがあるのなら、君に『やりたいこと』があるのなら・・・・君が生きたいと思える何かがあるのなら、力になりたいと、思ったんだ・・・・・だからっ!!」 「・・・ぼく、は」 自分を紡いできたのは、自身の人生をなんとなくの(なり)で繋ぎ止めたのは、父さんの『在り方』だった。自分の人生に、一本の筋を通す。それが余りにもカッコよくて、眩しくて。 だからこそ、とりあえず(・・・・・)にそんな在り方を傾倒して、し続けた。そんな僕は、どこまでいっても空っぽだった。 「・・・ぼくに、は・・・・やりたいことも、望みも、願いもないです。」 それだけ。はい、おしまい。 愛和優の名を冠する男は、『定めた義務を成す』ことだけを、生きがいに生きた。そしてこれからも、それで良い。それが一番、誰かの利に繋がる。誰にも迷惑をかけない。何も望まず、成せば良い。 言えることなど何もない。アンナができることなど何もない。 僕がそう言えば、この話は終いだ・・・・終いのはず、だった。 「・・・・・・・・・・・・・・・・・ただ、」 重い躊躇が、その二字を絞り出した。 それなりに、心の強さには自信があった。どんな責苦を受けようと、本音の一切を隠し切る覚悟があった。けれど、彼女の『幸せになるべき』が・・・・・『負』とは縁遠い慈愛の言葉が、壊れかけの心に、とどめを刺した。 「それで、も・・・・こんな何もない、空っぽな男に、ミウは何度だって、仲良くしてくれた。」 口火を皮切りに、溢れた本音。気づいた時には、止められなかった。止まってくれなかった。 「こんな、つまらない男に、ミヤビは、いつも隣にいてくれた・・・・・いてくれたんだ・・」 そんな彼らだから、彼らとなら、いつまでも笑っていられると思っていた。また花火を見れるだなんて、呑気に考えていた。 おそらく、そんな彼らこそ・・・・・・僕が生きたいと思える、唯一の楔だった。 「ずっといっしょ、にいれる・・と、そう思って・・・それが、当たり前になって・・・・生きて、きた・・・・うれし、かった。しあわせだ・・・・しあわせだった・・んだと気づい、た・・・・・それに、気づいて・・・だから・・・だからこ、そ・・・・ぼく、は・・・ぼくは・・・!」 声音が裏返る。吐き気を催すえずきに、何度も言葉が切れる。しかし、そんな気色の悪さをもってしても・・・・・『望み』や『願望』とは違うそれを、どこまでも不恰好な本音(こころ)を、止めるに至らない。 熱い咽頭を強張らせ、僕は、言った。 「アイツらがいない、みらい・・・が・・・・・どうしようもなく、こわ、ぃ・・っ・・・・!!」 目尻の節で溢れるソレは、雨雫と共に、視界をぐちゃぐちゃに歪ませる。 気づけば僕は・・・・震える肩を抱きながら、その場で、不細工に咽び泣いていた。 潜在的な『孤独』への恐怖を、僕は確かに持っていた。だからこそ、死に際のエルシーに深く同情した。その根源に至るは、僕の悪夢に居座る彼女()の孤独。それを何度も感じ取ったゆえ。 知らんぷりをきめなければ、壊れてしまうと理解できるほどに・・・・僕にとって、致命的なものだった。 「よく、言ったよ。」 しばらくの無言の後、頭の撫でられる感触をもって、僕は顔を挙げる。涙に歪み切って、酷い有様となった自身の顔を、気に留める余裕もなかった。 柔らかな笑顔で覗く彼女は、どこか申し訳なさそうだった。 「・・・・・君にとってあの二人が、彼らと共に在る幸せこそが、生きたいと思える何か、だったんだね。」 未だ治らぬ涙を手のひらで払いながら、僕は肯定の意を示す。荒れた咽頭によって口も開けぬゆえに、首肯のみではあるが。 「その幸せは、それだけは・・・・・・私でもどうしようもない。彼らと共にいられる幸せは、彼らにしか与えることができない。できるのはせいぜい、補うことだけなんだ。」 軽やかで朗らかな表情で、そんな残酷な『あたりまえ』を述べるアンナ。しかしてその口上の後、意を決したような様相で、彼女は言った。 「だから私が、君の隣にいよう。」 美麗で澄んだ声音が、煉瓦穿つ雨のさざめきを無かったことにする。微笑み返す彼女の顔が、僕の瞳に焼きつく。 「私が孤独の穴埋めになる。彼らが送るような幸せはないけれど・・・・それでも君が、一端(いっぱし)の幸福を享受できるように努める。君が生きる限り。そして、私が生きる限り。」 その一句一句が、魂に沁み入る感覚を覚える。心奥に届いた言の葉は、一時(いっとき)の落ち着きを取り戻した情緒を、再び打ち震わせた。 「もし君が、それで幸せになれないっていうのなら・・・・死にたくなるって言うのなら、私も共に不幸になる。不幸に、なろうよ。」 なんと向こう見ずな言葉だろう。縁も脈絡の一切もない僕に、どうしてそこまで言えるのだろう。 「ソレは・・・罪悪、ですか・・・」 「否定は、しない。けどそれ以上に、私が『したい』こと、なんだ。だから深い理由なんて無い。根拠なんて無い・・・・はなから、そんなものは必要なかったんだ。君を一人にしたくないって思うのは、きっとそういう(・・・・)ことなんだ。なんら特別なことじゃない。当たり前、なんだよ。」 理由(わけ)なき覚悟。利もなく、栄誉もなく、ただそこにあるは、言葉にならない一抹の感情。そんなものに身を委ねる者など、存在しないと思っていた。けれど僕の瞳が、そんな彼女の在り方を、(まこと)から来るモノだと叫ぶものだから、 「なんですか、そんな、当たり前なんて・・・・そんな在り方、なんて・・・・ばか、みたいじゃないです・・・か・・・・」 「愚かさには、自信があるんだ。」 「ええ、ほんとに・・・・ほんとう・・・・にっ・・・・・!!!」 喉へ再び昇る、熱い奔流に耐えられなかった。端正な句の羅列を保持できずに、剥き出しの本音(こころ)で咽せぶことしかできなかった。そんな僕の肩に回される両腕と、暖かな感触。これ以上寒さに震えることのないようにと、抱擁に精一杯をかけるアンナ。 永遠に等しいその時間を。愛しく、噛み締めべきその瞬間を・・・・・・僕は、ただ感涙に浸ることにしか使えなかった。 雨で良かったと、そう思った。きっと雨音が、醜い嗚咽を隠してくれると思ったから。 7f1f627f-7da1-45a7-af16-ab46a140c959
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