プロローグ(末尾)

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プロローグ(末尾)

“縺ゅ°縺輔◆縺ェyaマラわ・・・あ゛あああ” 気色の悪い声音に、視線が、上方へと誘導される。怪物は、僕の眼前にいた。先程までマネキンのようになっていた顔の形が、具体的な型を成そうと試行錯誤しているのか、変化と崩壊を繰り返している。 そうして・・・位置からして口と思われる穴から、理解不明な言語と、聞き取れる言語を組み合わせた、声を上げる。 “蜚ッ荳?閠・・カ・・・おまえは・・?” 「え・・」 あまりに距離を詰めてきたために、ようやく気がついた。コイツは僕を見据えていたのではない。凝視していたのは、袖の破れた学生服から覗かせる、黒十字の紋様。 “死” おそらく怪物にとっても僕にとっても、共通言語なそれを宣告し、背後にて床のコンクリートから、先ほどと同様、大量の牙を生成する。 ただでさえ致命傷の今から、これらを避け切ることなんてできない。諦めによる脱力が僕を床に縫い付ける。せめて一瞬であってほしいと願い、強く目を閉じた。 「やめろ!!!!」 その声は、右側方からの衝撃と同時だった。 抱き上げられながら突き飛ばされた先では、他の遺体がクッションになったために、硬い床に打たれることもなかった。もっとも、感触の気持ち悪さで考えれば、まだ床に叩きつけられた方がマシだが、そうも言ってられない。 「ミヤビ・・・」 「悪い・・・ビビって動けんかった」 「それ、は・・・がぽ」 それは僕も同じだ・・・と、呂律が回らず言葉もままならない。別に絶体絶命から抜け出せたわけではない。なんせ胸の血肉を削られたことは、変わらないのだか・・・・ら? 「あれ?」 喉に上る血液は、今のこれが最後だった。気がつけば、痛みも消えている。 損傷したはずの胸部を触る・・・・穴は塞がっていた。 「お前大丈夫か?・・・てっきり胸グサってされたのかと」 「いや、そのは・・・・っ、ミヤビ!!後ろ!!」 追撃の牙は、僕らに会話する暇どころか、逃げる暇も与えなかった。 僕が立ち上がるより先に、ミヤビが前に立つ。焼石に水なのもわかっているだろうに、腕二つだけで防御体制をとった。 “ァ?” 驚愕の声を上げたのは怪物の方だったが、きっと内心僕も、似たような心情だったに違いない。 コンクリートで生成されたはずのその牙たちは、ミヤビの腕の前で弾かれ、刃先が粉々に砕けた。衝突前に耐久力が切れて砕けたというわけではなく、紛れもないミヤビの『体強度』によって。 「これは・・・・この力は」 ミヤビも、その力には驚きを隠せていない様子であった。多分この場にて、動揺から最も早く抜け出せたのは僕が最初だろう。 こんな『チカラ』だとは梅雨知らずだが、『感覚が強化される』という予兆はあったのだから。 “勝リ、シャ・・・・・・・諤ェ蜉noキセキか・・・” 「・・・・・キセキ?」 怪物が呟いたその言葉の内、聞き取れる唯一の単語を拾う。 「ミヤビの『力』は・・・・キセキって言われてるのか?」 「・・・アイワ?」 怪訝そうな顔でこちらを見るミヤビ。 その一瞬・・・・ミヤビが目を離したその刹那、怪物の姿が消えた。 「え?あ・・・ああ!?どこへ行きやがった!?」 「・・・・・・・・・・いや」 違う、去ったわけではない。今この瞬間の最善手・・・殺すための手段が変わっただけ。最低でもコイツは、『僕を殺すこと』だけは、絶対やめるつもりがないらしい。 「右だ!!」 「お・・・ぐっぉおおお!!!」 “谿コ縺谿コ縺谿コ縺谿コ縺谿コ縺谿コ縺谿コ縺谿コ縺谿コ縺谿コ縺谿コ縺!!” 殺意に塗れた咆哮を携えて、右方面から突如出現したのは、肥大化した怪物の姿。僕の声に呼応したミヤビは、すんでのところでその凶腕を防ぐ。 いや、押さえ込むばかりか、その怪物の手首にあたるその両枝を、握り潰した。奴に苦痛という概念があるかも分からないが、その怯みを逃さずミヤビが蹴りを入れる。 しかし怪物は、千切れ掛けの腕を自ら切断し、その蹴りを後ろへと受け流す。 “ァぁ・・っ!!” もっとも、その防御姿勢は意味を成さず、怪物の半身・・・上部四割程度を粉微塵に砕く。トドメとまではいかずとも、遠くの方へ吹き飛ばされていった。 だが、その飛ばされた先にてまた怪物は消えた。 「つよい・・・これなら」 この脅威的威力はさすがの僕にも予測外のそれだった。 ミヤビの強さは棚から牡丹餅的な事実だ。これなら、怪物の撃退を以て、どうにかこの場を乗り切れるか。 「なあ、アイワ・・・」 勝ち筋を演算するための思考に、エンジンをかけた所で、ミヤビがまた声をかける。未だ怪物と対峙し、頭も少し冷静になりかけていた今だったので、一瞬後にしようとも考えたが・・・・・先ほど見せた怪訝な視線も気になっていたのでやめた。 「どうした?って・・・おっと」 不意に僕の腕を掴んだかと思えば、僕をおぶろうとするためか、その肩に僕の手をかけた。なるほど、今のミヤビの万力なら、僕を背負ったまま奴と対峙しても問題ない。なら、こちらの方が足手纏いにならないということ。 最もこれはついでで、言いたかったことではないだろうが。 「お前、何が見えてる?」 「え?」 「今アイツの動き読んだろ・・・それに、川島の旦那にも離れろって・・」 ・・・・・・・・・・・・は? 「いや・・・そんなのミヤビだって、わかりきってるでしょ。あの化け物、ずっと殺す殺すって言ってたし、川島さん時だって・・・」 「いや俺は何も・・・・それに、お前ちょこちょこ独り言ばっかしてっから、気になって・・・」 「・・・・・・・あ」 独り言、僕にしか聞こえない声。その二つで合点がいった。 怪物の言っていた『キセキ』・・・それがこの紋様と関連するのならば、奇跡を持つ者は、ミヤビだけではなかったということ。 そしてもしその『キセキ』の種類が、単純な力だけではないとすれば。 「・・・・・ミヤビ。」 「ん?」 「一つ作戦を思いついた。」 二言の作戦会議を終わらせても、怪物は一向に現れない。 「・・・・・・・」 この場に、背中を預けられる壁はない。背後から攻められれば一巻の終わりだと考えれば、緊張感を緩めることが、死につながるだろう。 「あれ?」 しかし意外にも、怪物は、僕らの真正面の方から現れた。 粉々にしたはずの半身は、元の状態へと復元されている。それを見たところで、今までのタイムラグに合点がつく。 相変わらずの柔道の構えをもって、目の前の奴と対峙するミヤビ。しかし・・・マネキン顔の表情にパックリと穴を・・・文字通り笑顔を浮かび上がらせる。 その一挙手一投足全てに集中した、その次の瞬間だった。 「なっ!?」 突如として空間が割れる。 地割れなんて程度のレベルではない地面の崩壊。さまざまな大きさ、形をもって崩壊するコンクリートの塊。これらと共に僕らも崩落に巻き込まれた。 「なんでもありかよ・・・くそ!!」 「!・・・来るよ、ミヤビ!!」 先ほど地に足をつけていた上空0メール先、高度マイナスにいる僕らに向かって落下する怪物。 「ちっ・・・!!」 団塊の一つに足をつけて待ち構えようとするも、当然落下状態なので不安定。 一方で怪物は、その団塊をピンボールのように跨ぎ、僕らの周りを超速で動く。 「ならこれだろ・・・!!」 怪物のある着地地点へと、力だけで強引に飛び込もうとするミヤビ。怪物もそれに気づいてか、待ち構えるかのように凶腕を肥大させる。 ミヤビと怪物、雌雄がぶつかり合おうとして、 “死” 「今」 僕のかけた合図とともに、いち早く着地したミヤビが踵を返すが如く旋回する。 蹴りを携えたその一撃は、『見えないそれ』を撃ち抜いた。 “・・niっ!?” 途端、背景に溶け込んでいたソイツは、元の姿へと変異する。それと同時に落下へと導く重力が、突然静止した。 「がっ!?」 「い゛だっ・・・・なんだよもう・・」 重力の反動を受けていたのは僕らだけでなく、周りの団塊も然りである。ところが、周りを見渡しても、先ほどまであった瓦礫破片等それらは見当たらない。 足元を見つめる。 ヒビ一つない綺麗な床。まるで先程までの崩壊など嘘のよう。 だからこそ、首だけとなった奴の姿はすぐに視界に入った。 「やったなミヤビ」 「ああ。まさか本当に上手くいくってな・・・俺自身の考えよりも『僕の声信じろ』って」 「うん・・・アイツが消えた時点で、なんとなくその力とか目的やらを考察していてさ。」 体の回復まで姿を見せなかった怪物。その能力について、最初は透明化か何かなのかとも思ったが、他にも先程見せたコンクリートを自在に操る力、再生する力など多彩なものを踏まえると、そんな単純なものでは無いだろう。 なので、力の自由度をさらに高く見積もり、僕はその結論に至った。 「『この空間だけなら自由自在に全てを操れる』力だと思う。床を壊したり、牙にして操ったりしていたってことは、多分『この空間内にあるもの』だけしか使えないとか、再生しないといけないことを見れば、『五体満足』じゃなきゃ力が発揮できないとか・・そういう制約もあるのかもしれないけど」 もし怪物が僕らをここに連れてきたのが、拉致監禁すなわち僕らの管理であるならば、この力と都合が良いため、辻褄が合う。最も、あまりにも自由度が高すぎる考察なので、当たっているかもわからんが。 「へえ・・・って、それでも最強じゃんかよ!?よく俺ら勝てたな。じゃああの飛び回ってた奴の姿は分身的な・・・・?」 「ああ・・後、多分アイツは本来の力を出せてなかった。僕ら・・・いや僕以外の人間が、こういう力に覚醒することを目的としているようだった。だからミヤビは生かすつもりで戦っていた。」 「俺、『は』?」 「そう。僕に対してだけはなぜか殺意を向けていた。だから多分僕のいる背後を狙ってくれるかなって。」 殺意を向けられた理由は今なおよく分かってない。 けど重要なのは理由ではなく、その事実に利用価値があったと言うこと。 簡単にまとめるとこうだ。 怪物は、どうにかミヤビを傷つけず、手元に保管しておきたかった。だからまずは、空間崩落により、僕らを身動きしにくい状態へと陥れる。 そこから、幻影もしくは分身によって、僕らを翻弄し、背後からの攻撃・・・・・・・僕だけを狙った攻撃を、気付かせないつもりだったのだろう。 僕はその殺意を逆手に利用し、怪物の来るタイミングをミヤビに示唆した。詰まるところ、背後に攻撃が来ることさえ分かればどうとでもなるのだ。 「いやでもすげえよお前・・・こんな短時間で急にビビリ解消したかと思えば、ここまで考え・・・・・・っで、あ゛あ、がぁ・・!!」 「・・・大丈夫か!?」 落下急静止による反動で振り下ろされたため、すでにミヤビの、僕の体重を支えるための負担はなくなったはず。それなのに、どうもミヤビの様子がおかしい。膝をつき、震える両肩を抱いて、苦しそうにうずくまっている。 「『チカラ』の反動なのか?」 「わかんねえ・・・けど、骨折れたとかそういうのはねえ・・・かね?まあちょっと眠って飯食って・・・そうだ!!ミュウちゃんにヨシヨシして貰えば治るかね?」 「・・・・シスコンめ」 『ミュウちゃん』というのは、ミヤビの妹のことである。そういえば最近会ってないが、僕やミヤビと一歳しか変わらない・・・・とすればまだ13歳か。 「というか頼めるような齢じゃないだろ」 「いやいやワンチャンって、俺らの相思相愛パワーならなんとかって・・・・あはは・・・はぁ・・」 乾いた笑いが薄れゆく。 ふとミヤビの表情を一瞥すれば、瞼を閉じて緩やかな眠りについている。ここまでの激動的展開の直後に、快眠に入れるほどの器量は、正直羨ましい。 「さて」 ともかく、ミヤビが眠ってくれたのは都合が良い。すぐに次のタスクに移れる。 「ねえ・・・」 虚空に呟きつつ、石塊を拾う。これは、怪物が生成したコンクリートの牙の破片だったはず。使う用途からしてサイズ感が丁度いい。 そんな熟考を挟みつつ、ミヤビとは真逆に居た奴の所へと向かう。そして、 「・・・もう気づいているから」 その石塊を、振り下ろした。 “ga!!・・・・・あああ゛あアアアアア!!!!!!” 死体のふりをしていた(・・・・・・・・・・)奴にとっても、この痛みは予測外のそれだったのだろう。今までに聞いたことないほどの悲鳴が、奴の心を支配する。 “やめ・・・なぜ・・・わかっ・・!?” 「・・・僕には心が見えた。お前やミヤビと同じような、キセキってやつで・・・・・今まで何を言っているかわからなかったけど・・・そうか、時間経過で聞けるようなもんなのか」 この時点でようやく、怪物の声が鮮明になる。きっと・・・・ものを考えるイメージは生物の種によって異なる。だからこそ、『はっきりとした言語』で聞き取れるようにするには、時間がかかったのかもしれない。 「お前はあの時・・ミヤビがキセキを扱えるようになったあの時、手を引くべきだったんだ・・・だから僕は・・・殺意を捨てきれない君を、僕は・・・・」 ”・・・ぎじっ・・!?” 「殺さなきゃいけないじゃないか・・」 ・・・・・ガラスのような悲鳴に、見て見ぬふりをし、手にした石塊で、頭部だけとなった奴を叩き潰す。人体のそれより硬いと予期できるソレに、何度も、何度も。 元々このキセキは、僕の中に無かったもの。はっきり見え始めた今ですら、理解しようと一所懸命に目を凝らしてようやくのレベル。ならばそんな声くらい無かったことにするのは簡単なはず・・・・・。 「・・やめ、て・・」 「・・・・・・・・・・え?」 「・・・やめてくれ・・・・俺は・・・死にたく・・ない・・・!!」 それは・・・・・・口調も声音も明らかに川島さんのもの。しかしてその主は怪物のそれ。凹み頭部下中央箇所に、三日月状の穴がパックリと。しかも、人らしく舌と歯を携えて、その声を僕に届けんとする。 「頼む・・おれは、俺は・・・!!」 分かっている。 その心は悪意に満ちている。川島さんの声を用いて、僕に揺さぶりをかけんとする怪物の魂胆が、手に取るようにわかる。それでもただ唯一、死にたくない(その悲鳴)だけは、本物だった。 「・・・・っ!」 「な・・・!?何・・!?」 首の位置を僅かにズラし、背後から飛来する石礫を避けた。 僕を殺すチャンスを失ったと同時に、自ら『命乞いの通じる最後の砦』を壊してしまった怪物の声は、焦燥と失意を内包していた。 「殺らなきゃ・・・」 自分を焚き付けるように、タスクとその意思表明を呟く。震える手を強張らせ、石塊を拾い上げる。 「よせ・・よせよせよせよせよせよせよせよせよせよせよせよせよせよせよせよせ・!!・・・どうして・・どうしてそんなことができる!?・・・お前は・・・そんな奴じゃ・・・そんなやつじゃないはずだ!!・・人殺しにでもなるつもりか!?」 「やめろ・・・お前の声なんてもう聞こえない」 ついに怪物の声と心は『助けてくれ、死にたくない』で一致する。一致してしまう。本当にやめてほしい・・・・やめてくれ。そんな人間らしく命乞いをするなんて。 「殺さなきゃ」 振り上げる。できるだけ無感情に・・・まるで作業のように、それを実行できるように。 「あ゛、あああああああああああ・・・・・!!!!!!!!!!!!!!!!!!」 痛み耐え難くして挙げたその声を、周囲に轟かせていたのは果たしてどちらだったのだろうか。 どちらにせよ確定的事実として、石打つ音は小君よく綺麗な周期を持って鳴り響いていた。 その衝突音に反応し、タイプライターが如く怪物は悲鳴を挙げ続ける。その魂が事切れるまで。
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