第2話:最高の皮肉

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第2話:最高の皮肉

黒い泥蔓延る世界。 地獄といえば、きっと誰もが的を得ていると答える世界にて、足をつけて立っているのは僕の五体。 その目の前に居るは一人・・・いや、正確には二人。一人は見覚えのある学生帽を被り、ただ黙々と石を振り上げる。一方はそれが叩きつけられるたびに、悲鳴を挙げる白カブのような何か。 苦しい、助けて、どうして、誰か、よせ・・・・ 白カブは、そんな文字列リストをランダムに選び、アラートさせていたと思う。 『何で・・・・・』 不意に、白カブの如きそれが、助けも命ごいもやめて、拷問者の向こう側にいる僕を瞳に捉える。 ・・・・・・瞳? いつの間にかその顔は変異し、人の頭部と遜色ないものとなっていた。ゆえに人が顔に搭載するあらゆる器官を携える。 そしてその顔には見覚えがあった。 『何で俺を助けなかった』 懇願するように、川島さんの形をしたそれは呟く。 『どうして俺を殺した』 気がつけば拷問者もいなくなっていた。それは決して不思議がることではない。二つの同存在が居たさっきまでが、ありえざる状況だったのだから。 『死にたくなかった・・・・もっと生きたかった』 これは『あの怪物の言葉』なのだと一蹴できるほどに、折り合いをつけるのが巧い心でならば、どれほどよかっただろうか。けれど、仮にそれが『怪物』でも『川島誠』でも、『死にたくない』と願っていたことには変わりない。 ゆえに、その男を偽物などと割り切る行為に意味はない。ならもしも、理に叶う行為があるとすれば、 「うん・・・・僕だって死にたくなかった」 こんな自分よがりの言い訳程度。 けど確かにこれだけは、その場をやり過ごすためのものではなく、紛れもない僕の本心。 ただ、もし逆の立場・・・・・殺される立場だったとしても、自分の命のためなら他者の命を何とも思わない愚か者に・・・・あろうことかその愚行に言い訳を重ねる(ソイツ)に、 『地獄に堕ちろ』 こんな恨み言を言っていたに違いない。 「っ・・・!?・・・ぐあっ・・!?・・・はあはぁ・・・は?」 本日二度目の悪夢。 しかし前回の現実的にあり得ない妄想などではなく、確かなリアルを内包したもの。性質が悪いのは、その音も、その感触も、匂いも、声も全て体験し、はっきりと覚えて・・・ 「お゛が・・・・・・・・・・」 また喉が熱くなる。うまく嘔吐できずにえずく。 悪夢の・・・いや、牢獄の記憶がフラッシュバックする。 そうだ。僕がこの手で殺したのだ。 どのような理由であれ、『死にたくない』と願う者の心を捩じ伏せ、命の尊厳を踏み躙った。絶命に至るまでに何度も痛めつけ、死の恐怖へ落とし込んだ。心に蓋をして、その嘆きを聞かぬふりした。 絶命に至るまでの行為全てが、人のやることではない。 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・やめよう」 何とも言えないやるせなさに、頭を掻きむしる。 罪悪感が一巡し、心の疲弊が上回る。ゆえに僕は、この一件を頭から振り払うことにした。 「はぁ」 念のために、吐き所を探そうとゆっくり起き上がり・・・・ようやくそこが夜の公園であることに気がついた。 「・・・あれ、僕何でここに・・・で!?・・・いっつ・・」 痛みを伴う腰をさする。なるほど、ベンチで寝ていれば腰も痛めるわけだ。もっとも、最重要点はなぜここに居るのかではあるが。 今に至る最後の記憶が曖昧だ。 思い出せる要素はわずか・・・地獄の如き喧騒、嫋やかな後ろ髪、純黒の殺意、そして甘い香り・・・・せ、 「・・・・っん・・!?」 そして接吻・・・・・・・・・その感触が脳をよぎる。 思わず手を添えた頬には、熱を帯びている。もしもミヤビといたのなら揶揄われるほどに、その貌は酷く紅潮しているに違いない。 罪悪の次はこれか。感情のジェットコースターにも限度があるだろう。 舌で唇を軽く舐めると、何とも言えぬ苦味と濡れが。 鼻腔が軽く痛むので、鼻血だと気づく。そこまで情欲に頭をやられていたのか・・・・我ながら、まったくもって不肖である。 「づ・・・ああ・・・あ・・・何だったんだ。」 少女が何を考えてそうしたのかもわからない。それでもこの少ない情報から何か知れるかもしれないと、熱を帯びた脳で、彼女のことを思う。 「・・・・・・ぶ」 ・・・・・・・・なぜ鼻血が増える? 初キスとは言っても、ミウや施設の同期とか、女性慣れしている自信はあったのだが・・・ここまで自分が純情なのかと、改めて自分のダメさ加減に失望し、 「あれ・・・・・・勝リ者・・・って」 そこでようやく彼女の言葉を思い出した。 間違いなく自分に向けたものであろうが、僕は勝利には縁遠い人間だ。別に部活をやってない(というか時間もない)ので、大会での優勝なんてしたことない。成績だってそもそもテストを受けられず基本追試なので、順位づけされたこともない。 けれど、その言葉には聞き覚えがあった。 『勝リ、シャ・・・・・・・諤ェ蜉noキセキか・・・』 怪物が心で呟いたあの言葉。あの時は危機的状況ゆえに、『キセキ』にしか着目していなかったが・・・・確かにこの単語を含んでいた。 「そうか」 だとすれば彼女は、この『キセキ』を知る彼方側の人間の可能性が高いのではないだろうか。 「もし君が知っているなら・・・キセキにも勝リ者にも関わっているのなら、また会えるかな」 その希望的観測が、キセキの正体を突き止めたいがための学術的欲求なのか、あるいは、麗しき彼女にまた会いたいと願う愚男の情欲から来るものなのか、それは分からない。 ともかく今は帰れなければ。 方針も決まったなら、翌日すぐに、今後の展望をミヤビに話さなければならない。 「今は・・・八時半か・・・ん?」 蛾のたかる時計を一瞥し、ベンチから立ち上がる。その際に何か・・・僕のそばにあった筒のようなものが、ベンチの陰に引き込まれた。 視界を補正する灯も無かったために、手探りで拾い上げる。手にとって見れば、手のひらサイズの小さな筒箱。 結紐を解き、中を取り出す。 「・・・・ビー玉?」 金色の硝子玉と、小さな用紙が一つ。そこには一言、『困ったら』・・・・と。 「勝リ者・・・?それがキセキ持ってる奴らというか、俺らのこと言ってんの?」 「多分・・・いや、あの怪物が言ったことなら間違いないと見ていいかな」 翌日の登校日・・・その昼休み。 僕はミヤビを屋上へと呼び出した。最近の中学のほとんどは、自殺防止のために屋上が立ち入り禁止の場合が多いらしいが、幸い僕らの中学はそんなことも無かった。 しかも今日は学園祭も近いゆえに、各々の生徒が練習のために昼時間を費やしている。よって、屋上にいたのは僕ら二人だけだった。これなら都合よく話せるというものだ。 なんせ話題は、件の『勝リ者』の話。そんなものを聞かれて、男児の痛い妄想と思われるのは御免被りたい。 「勝リ者、勝リ者ねえ・・・・『なろう』みたいに能力者だとか、そんな名前でもないんよな?まあ別に・・悪い気はしないんだけどよ。」 「まあ、僕らが呼ぶ分にはどんな名称でもいいんじゃないかな?こんな言葉が浸透しているのは、あの怪物と、それから・・・」 「お前の言ってた美少女ってか」 「まあ、うん。」 ミヤビにはすでに、昨日の少女のことを伝えている。接吻の件を話せば真っ先に揶揄われるかと思ったが、ミヤビはそれ以上に僕の受けた『心の負担』を案じ、『大丈夫か』と声をかけてくれた。 それはそれとして、後でしっかりと揶揄われたが。 「俺も会いたかったなあ・・・ていうかお前、ほんとに手がかりないのか」 「それがね」 学生服の裾から、例の筒を取り出す。中身を見せると、ミヤビは食い入るように硝子玉を見つめる。 「ビー玉?」 「やっぱりそう思う?・・・公園で目覚めた時にあったから、あの子が僕に預けたものあなんじゃないかな?実際、いい香りがする。」 「匂いで気づくってお前・・・まあ確かにどこか香水っぽいけどよ」 そういえばミヤビのキセキは、感覚を強化するチカラも内包していたのか。香りの話をしたのは偶々だが、都合良く論を通したみたいだ。 「でもこれじゃあわからねえよな・・何かに使うとか?・・・・ん〜〜〜〜パスだな俺は」 「ハハ・・まあ僕もどう役に立てるかも分からない。またわかったことがあったら教えるよ」 「・・・・・・・」 「・・・・・・・」 「・・・・・呼び出したのはこれ話すためじゃないよな?」 「え?」 ハッとして、動揺を隠さんとするも、図星を突かれた故の挙動ならそれも無駄だろう。 こちらの心を見透かすかのように、ミヤビは僕の瞳を見つめる。これでは、どちらが読心能力者なのか分からない。 「いやな・・・お前よく頼みたいことあっても、他人に迷惑かけるって黙る癖あんぜ。そんで、頼みきれずに一人で片付けること考えるだろ」 「・・・・よくみてる」 「伊達に長年幼馴染やってねえんでな」 「・・・・・」 残念ながら、隠し通せそうもないようだ。いやそもそも、僕がこうして話す場を作ったのも、無意識的に気づいて欲しかったという、淡い願望があったのかもしれない。 「生き残った僕らは、これ以上の危険を冒す理由はない。」 「ああ」 「けど・・・僕は、川島さんと娘さんの体だけなら、ご遺族に返してあげたいと思っている。」 「・・・・・・・・なるほどな」 あの悪夢を見た時から、その方針はあった。それは、川島さんを救えない罪悪感に、決着をつけたいが為の僕のエゴ。 「あの爆発事件の後、警察は『僕ら以外の人間は、影も形もなくなっていた』って。あの牢獄が、怪物によって作られた虚構なら、怪物が死ぬ際に一緒に見つかったはずなんだ」 「そういうこと言ってたな・・・・俺ら二人が五体満足に見つかっただけだって」 「なら協力者が回収している可能性がある。例えば僕ら以外が失敗作だとするなら・・・・その死体に価値を見出そうとしているとか・・」 もしそんなやつがいるとすれば、死ぬほど胸糞悪い話だ。これ以上あの二人の尊厳を踏み躙られるのは、想像するだけで嫌になる。 「よしやろう・・・で、俺は何をすればいいんだ?」 「ミヤビは・・・・・・ってお前・・・・そんな二つ返事で」 「いいじゃねえか」 その答えはありがたいものだ。しかし、この僕が言及した協力者というのは、おそらく怪物と同種の可能性が高い。すなわち、 「・・・僕らがあの怪物相手に生き残ったのは、本当に奇跡に近いんだ。そして多分・・・協力者もあの怪物と同様の危険性がある。・・・分かるか?・・・・この作戦、戦えるお前の方が負担大きい。要は一番死にやすいんだ」 「そっか・・んじゃ、とっとと俺にアテを教えてくれや」 「わかってないだろ!?」 「わかってないのはお前の方だろ、アイワ。」 「は?・・・っていっつ」 反論を舌に仕込んだ口が開く前に、ミヤビに学生帽ごと引っ叩かれる。 見上げたその顔には、どこか苛立ちを含んでいた。 「そりゃまあ危険なのは分かるがよ・・一番はてめえだろ。俺が断っても、自分一人でやろうとしてたくせに・・・いや違うな、ダンマリこくつもりだったしなお前は。」 「・・・それが一番迷惑もかからないし、始めやすい」 「はん!!・・・けれど結局一人でやって難易度地獄・・・ホウレンソウ下手くそ社員の終活体験なんざ、今どき笑えねえよ。こっちからも聞きたい・・・死にてえのかてめえは。」 「・・・・」 ぐうの音も出ない。 ミヤビに言う忠告全てが、自分のやろうとしていた行為に当てはまるのだから。なんなら、黙って一人でやる点で、始末が悪いのはこちらの方だ。 「お前さ・・・顔死んでんだよ」 「え」 「昨日最後に見た時からだ。俺みたいなロクデナシはいい・・・そう人の生死に頓着しすぎねえが、お前はそうじゃあなかったんだろ。」 ・・・心象とは反比例し、表層を塗り替えることは得意だ。昨日ミヤビに気づいたという本音が見えなかったし、ミウから何も言及されなかった。だからこそ、うまく繕えていると思っていた。 もしミヤビが『今』気づいたというのなら、昨日の僕の様子と、今の会話からその解を導いたということなのだろう。 「・・・言っとくが俺は、死ぬなら勝手に死んどけなんて言わねえからな。」 「もしそんなお節介で・・・・そんなもので死んでしまれば元も子もないだろう・・・あの時だって、僕を庇って・・・キセキなんてなければあれで終わってたんだ」 「しゃーねーじゃんかよ。勝手に体が動いたんだから・・・・それにな。」 間を置くコンマ一秒程度が、少し遠くに感じた。 それほどまでにミヤビは、その言葉に重きを置いていて。 「俺はな、てめえを助けて死んじまっても後悔しなかった・・・・いや、違うな。後悔しねえよ、これから何があっても。絶対にだ。」 「ミヤビ・・・」 「てめえが川島さんとの義理を大事にすんなら、俺が守るのはそこだ。正々堂々、命懸けで、真っ向から助けになる・・・これが俺にとっての『友達』の当たり前だ。」 それを嘘くさいセリフだと一蹴できなかった。 それは、魂に一瞬の隙もなく、青く澄んでいたから。きっと心を読まずともわかったことだ。なんせミヤビは、僕が心を読む力を持ってから、一度も僕の前で嘘をついていない。それどころか、僕を前に動じたこともない。 「死んでも後悔しないなんて言うなよ・・・・けどまあ」 少しだけ肩の荷が下りた気がする。 それはまるで、自分一人・・・・人の身一人だけでは支えきれぬ十字架を、ミヤビが預かってくれたみたいで。 「うん・・・・分かった。僕を助けてくれる?」 「おうよ」 ミヤビの握り拳に応えるように、震える左手を丸く成す。こちらがそれを近づける前に、すぐさま拳が重ねられる。 呆ける僕に、ミヤビは高笑いするばかりだった。
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