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第3話:追跡者
「げだ・・・!?・・がっ・・・」
「はいこれで俺の十勝目」
「・・・ふざっ・・・・ミヤビお前・・・少しは手加減してくれよ」
「してるしてる・・・キセキなんて使ってねえよほら」
「いやそうじゃなくともお前柔道部でしょうが!?」
放課後・・・それも六時半過ぎというほぼ夜の時刻にて、ミヤビが連れ出したのは校内の柔道場。普段は剣道部か柔道部あたりが扱っているために、行くのに躊躇われたが、どうやら今日は誰もいないらしい。
ミヤビ曰く、今日の部活は早めに終わったとのことだ。
そんなガラガラの道場にて、僕らは柔道の立ち合いをしていた。ちなみに僕は現在、十戦全敗中である。
「ったく・・・それじゃあいこうか。」
「おいおい10本やったなら流石に休憩しろって・・・別に俺も顧問みたいな練習量押し付けるつもりもねえよ」
「問題ない・・・なんかあまり体が重くないというか」
脳処理の負担ゆえに、今まであまり意識してはいなかったが、体がいつもより軽く感じる。これこそ『勝リ者』になった故に得られた、特性だというのか。
ともかく今はそれのおかげで、すぐに取り掛かれる。
「なら良いけどよ・・・んじゃ11本目・・・・はじめっ!!!」
素人らしく見よう見真似の構えをとる。
相対するミヤビは・・・・待ちだ。あくまで僕の特攻を受け止める気で。ならば、
「んっ・・・」
「おっと」
低く・・・できるだけ低く、あいつの懐に入り込む。今の僕がアイツに一矢報いるなら、身長差を利用してアイツの懐に潜り込むしかない。
襟を掴む・・・ここまでは八戦目の立ち合いでも出来た。けれど先ほどは、踏み込みの強靭さに苦戦し、逆に襟を掴まれて投げ返された。
なら今度はさらに素早く腕をとり、重心を整えて・・・
「思考が多い」
「なっ・・・・・!?」
思考をかき消したのは、流転する天井。すなわち、
「・・だ・・!?」
ミヤビの投げ。頬が、冷たい床へ吸い付くように着陸した。
受け身時の痛みは無い。しかし、物理的な衝撃に、思考は呆けるばかりだった。
「ほら水よ」
「・・・・・ありがと」
「まあ気にすんなって、未経験者なら誰だってこんなもん。あとは思考を反射でできりゃあ、良い形になる思うぜ」
「でも十五戦十五敗は結構堪えるよ・・・・僕って得物使った方が似合うのかな?」
「そう言えるほどの武器もねえだろうが」
それからあと四戦ミヤビと立ち合ったが、結局一本もとれなかった。経験者のアベレージを知っているわけではないが、こうもやられると気落ちしてしまう。なんせ、実際に相対する敵はこんな息のあった勝負などやってやしない。
「ただ一応言っとくがよ・・・初心者からある程度の型身につけるにゃあ、もうちょい反復練習が必要だぜ?」
「さっきも言ったけど僕は、別に習得を目指したんじゃない。付け焼き刃でも慣れておくべきと思ったんだ。」
「思い立ったが吉日とは聞くが・・・今夜から決行ってな急すぎねえか?もうちょい準備しても良いと思うぜ」
そう言いながら足を崩し、疲弊した足を伸ばすミヤビ。緊張感の無さは相変わらずだ。
「まず調査自体・・・1日ですぐ終わるものだと思っていない。数日程度かかるとすれば、ホシはどこか遠くに行く可能性がある。」
「昨日の事件の時点で、逃げたとは思わねえの?」
「いや・・・・仮に僕の予想通り、黒幕が組織的なものだったとしても、デパートにいた顧客全員の遺体を運ぶには、何か大掛かりな動きがあると思う。けれど、警察署内で見た人たちの思考をチャックしてもそんな話はなかったし、ニュース見てもそう言う情報は回ってない。」
「署内全員じゃ無いんだろ?・・・それに考えてなかったとか」
「それもあり得る。けど少なくとも、僕を担当した検事はそう言う動きを掴んでいない。『そういう』ことが思考として映るような質問を、あっち側からやってきた訳だし。」
相手に質問する際には、ある程度の答えを想定するのが人の常だ。だから例えば『何か気になることがある?』などと言う質問があれば、質問者の『気になること』が頭に映る。
「まあこれも、敵側がキセキを使って万事解決・・・としてしまえば僕らは何もできずにおしまいだけどね。けど、逃げてないと踏んで調査する価値はあると思う。それに・・・ああ、これは棚牡丹的というか、運よく手に入った話なんだけど、似たような事件が二ヶ月前からあるの知ってる?」
「え?・・・あ、ああそういやあったな・・・割と近場だっけ?」
「うん。結局その数件も未解決事件として処理された。仮にこの件とその未解決事件が同一犯なら事件後、敵さん側も身動きが取りにくいということでいいんじゃないかな?」
自分のいつもの情報ソースは職場の同僚がまとめた新聞スクラップ等だが、今回見た未解決事件の話は無かった。それでも僕がこの件について知れたのは、公安の何人かが、今回の一件と結びつくのではないかと、この件について深く熟考していたからだ。
「確かに・・・調査っていっても、街全部探すのは怠いしな。」
「ああ、今回はデパート周辺を探す。勘だけど、ホシは現場の近くに拠点を置いてる。」
「容疑者は現場にいるってな・・・確かに刑事ドラマのど定番か」
まあ勘とはいえ、一応考えはある。
けれどこれは、怪物の持つキセキとの答え合わせもなしてない今、妄想に等しく、推理としての規格を成さない。
「で、どうする?片っ端から人に声をかけてやるか?」
「それもやるけど・・・とりあえず、メインの捜査方針は囮捜査にしようかなと」
「おとり?」
「冷え込むなあ・・・・・夜出勤の経験も未経験だし慣れねえよ」
「一度帰っても着替えてもよかったのに」
「阿呆・・・そんなことしたらミュウちゃんにつめられて怒られるって。『かっこいいお兄ちゃん、夜遅くまで何してたのー?私心配ー』って言われるぜ」
「かっこいいは余計じゃないな」
「な、余計じゃ・・・今『じゃないな』って言った?疑問形無し?」
「どうだかね」
場所は予定通りにデパート周辺の住宅街。少しパラついていたのもあってか、夜の空気はなかなかに湿っている。
下らない話に花を咲かせる僕ら。今ここで正体不明の『勝リ者』と遭遇する可能性もあるので、最初僕はこの緊張感の無さはどうかと思った。しかし冷静に考えれば、この雰囲気の方が、この調査に適しているのかもしれない。なんせ、こちらの怒気や焦燥感を、敵に感知されるのは正直よろしくない。
「そういやよ、住人誰もいやしねえな・・・デパートの現場でものぞくか?」
「あそこには警官も何人かいると考えた方がいいよ。僕らは所詮中学生。しかも本事件唯一の生き残り。見つかればちょっと面倒くさいことになる」
「ああ確かに・・・・なんでここにいる!!とか、現場に戻ったお前こそ犯人だ!!・・なんて考えるだけで嫌だな」
「後者は可能性としてありえない・・いやどうだろうな。今時、年端も行かない馬鹿が山火事起こす事件もあるし、警察としては仮の容疑者判定ってのはあるのか・・」
実際、僕らの『思慮への浅さ』を危惧している様子もあった。ミヤビに言われた通り、署内全員の思考を読み取ったわけでも無いので、僕らをマークしていないと断言するのは早計だ。
とはいっても、こちらはスピード勝負。警官に見つかる前に事を済ませたい。
"隕九▽縺代◆"
・・・・・・・・・ただ幸運にも、決着は早めにつきそうだ。
「気づいてる?」
「あ?」
「小声で・・・あと後ろは振り向くなよ」
僕の様子を見てか、ミヤビは何か察したかのように頷く。
湿ったアスファルトを小突く音。
最初の時点で出来る限り抑えていた僕ら二人分のそれらに加え、不定期に加速し、偶に止まるのが一つ。
「じゃあ作戦通り・・・」
「・・・・・・ああ」
目の端で互いの腕時計を確認し、視線だけで互いに頷き合う。
そうして僕らは、交差点にて別れた。
「・・・・・」
一人歩く僕の背後で、件の足音は未だ消えない。
ミヤビと別れてから十数分程度たったが、歩先を変える様子もない。行動と、節々の思考を読めば、僕が標的とみて違いない。
僕の方が簡単に抑え切れると踏んだのか。
合理的な判断だ。ミヤビのキセキは、多分奴らからしても『かなり強い部類』に入るだろう。(というか入ってて欲しい)単独での怪物撃破を成した勝リ者より、非戦闘員の僕を狙った方が都合がいい。考えとしては理解できる。
一番の問題は、なぜそれを知っているのかだが。
「・・・・ちょっと近いな」
追跡はより大胆になる。恐れの取り分は主にミヤビへ重きを置いているだろうし、当然といえば当然。とはいえこの歩速は・・・・気付かれることすら、前提条件にしている可能性すら見える。
僕を捕えるためなら、手段を問うつもりはないと言うことか。
「さてそろそろ」
時計の針を一瞥し、自然に自身の歩速を下げる。
そうして通りの壁沿いに寄り、建物間1.5メートル程度の幅を持つ路地裏・・・その奥へ静かに入り込む。
月光も照明もそっぽを向いた暗がり。路地特有の雨水染み込むコケが、靴裏に擦り付けられることすら気に留めずに駆け出す。それに伴い、背後の足音はさらに加速し、こちらとの距離を一気に詰める。
追跡者との距離ーーーそれがわずか十歩程度に至ったところで、僕は足を止めた。
それと同時に、追跡者の足音がぴたりと止む。
「もう気づいているよ・・・いや、気づいてることは想定内かな?」
背後を振り返る。
その追跡者は、体つきから見るにおそらくは男。夜に紛れるような黒を羽織るために、はっきりとした容姿は不透明。しかし、僕に対する敵意だけははっきりしている。それは心を覗いた結果ではなく、僕へ構える一筋の銀刃が黒夜に映えたから。
僕からの投げかけに対して男は無言。しかし、どこか焦りを内包しているような。
「武器は持ってない・・お手上げお手上げ、降参だ。」
両手をあげて降参の意を示す。けれど、男が構えを崩すことはない。それどころか、殺意はより強く洗練される。
そうしてジリジリとこちらとの距離を詰めたかと思えば、突然駆け出し、ナイフを突き立てた。
「あとは頼む。」
視線も変えぬまま、ナイフの射程圏外まで下がり、僕は叫んだ。
その瞬間、男がナイフを落とし、地に倒れ込む。
「・・・っと、あっぶねえな・・!!おいアイワ、もうちょい早く合図しろや。」
「ああ。でもうまくいっただろう?」
男の背中を取り押さえたミヤビは、相変わらずの軽口を叩く。大の男一人押さえつけているというのに、まだまだ余裕そうだ。とはいえ、この男も拘束から逃れようと必死なのだ。気を抜くのもよろしくない。
“な、怪力の・・・!?・・・なぜここに”
男のはっきりとした声が、脳に収束する。これで初見特有の雑音も消え失せた。
「じゃあ早速・・・君の持つ情報全て、よこしてもらおうか?」
その魂の全てを丸裸にするため、尋問を開始した。
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