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第4話:潜入
「最後に・・・君たちの拠点はどこ?」
「・・知らな・・」
「オーケー大体わかった。まあ場所はそっちよね。」
わずか五分も経たぬうちにその対話は完了した。
尋問は、側から見れば独り言にしか見えないだろうが、情報を次々と紐解いていった。それはそうだ、疑問を投げかけられれば思考から逃れることはできない。しかも相手が読心能力持ちであることを知らないなら尚更。
「いやほんと、改めて見ればえげつないよな。そのキセキ。」
「ん?なんか言ったかミヤビ」
「ああいやそのよ・・・」
その沈黙はおそらく・・・キセキの在り方への言語化することに躊躇っているのだろうか。
確かに、キセキを褒めることは、個人への賞賛につながるわけではない。賞賛とは主に、常人の手に届くものへ達した者に、羨望を向けることをいう。それは誰にでも夢を見せることができるから。けれどキセキは、常人の手には余る・・・ならば向けられるのは、羨望より恐れの方が多い。
・・・とは言っても、僕自身が気にすることでもないため、気に留めず言ってくれればいい。
「これさ、他のとこでも使えんじゃねえの?質問すりゃあ、一発で回答が心に浮かび上がるし、その事実にある嘘に翻弄される必要もないとか・・・ほんと警察涙目だぜ。」
「応用能力は高そう・・・けれど、こんな脳負担の高い能力っていうなら、すぐにでも譲ってやりたい。誰かに譲渡できるなら・・・の話だけど。」
「うわ言ってたなあ・・・純粋に負担えぐそう。」
昨日も狂気に飲まれていたのは、その負担によるものだと考えていい。今後、このキセキとの向き合い方について、考えなければならないだろう。
「ミヤビそろそろ。向かう場所も分かった・・・今夜で決着がつく。」
「おうよ。場所は?」
「デパートから南側の・・・いやお前の場合、連れて行った方がわかる・・・ん?」
怪訝に感じ、男の方を見つめる。
男は血走った目を見開き、空を凝視する・・・内包しているのは恐怖だ。
「その男から離れろミヤビ!!」
「・・・っ」
自然に出た焦り混じる叫びは、かつての監獄探索以来か。その一秒の重大性の意味を判断するより先に、ミヤビは僕の襟を掴んで、前方・・・裏路地の出口へ走った。
それと同時に、男の凝視していた上空を見つめる。
「ドローン?」
空高く・・・それも僕らの視界から見えるギリギリの位置にて黒い物体が浮いていた。それが急降下して男の方に向かっていたために、ドローンだと視認できるようになった。
「ひっ!?・・・アアアアア!!!」
男は悲鳴をあげたかと思えば、上空のそれから逃げるように、僕たちと逆方面の出口へと駆け出した。しかしておぼつかぬ足取りは、ドローンの飛行速度に及ばない。
そうしてその飛行物体は、男の方へ近づいたかと思えば・・・・その図体を一気に閃光へと変えた。
「!」
「見るなミヤビ。とにかく外に」
目の焼ける前に視線を前方へと戻し、出口を駆け抜けた。
刹那、背後からの風圧と凄まじい爆音によって、僕らの五体は車両用の道路中央へと吹き飛ばされた。
「自爆・・・・ではなかったよな」
「うん。というかアイツは最後の時点で、この爆発のことを知っていた。」
「しかしよ・・・あの光、どっかで見たような気するんよな」
「・・・」
爆発後、僕らは男の知る拠点・・・デパート南方面へ駆け足で向かっていた。なんせ、この爆発によってまた僕らが目撃者認定等されれば、怪しまれることは必至だ。できればこういったトラブルを避けたいため、現場から離れることにする。
「しっかし大丈夫かねえ・・・監視カメラ系統ありゃあ俺ら一発アウトだぜ。何なら今からこんなこと起こったら尚更。」
「だからバレないように帽子かぶってろって・・・ほら。」
そう言いつつ、学生帽を渡す。
それは自身の今装着しているものと同様のそれだ。実際夜における帽子の影は、顔の特徴を不透明にしてくれる。
しかしながら・・・・・ミヤビの表情は微妙のそれだ。
「今しゃーねーなって思ったでしょ」
「ああ思うぜ。てかお前も学生帽なんざやめちまえよ。今の時代、時代遅れは罪ってな」
「言えてる・・まあ僕はしっくり来ちゃったからやめないけどさ」
それは坊主だからか?と言う疑問を飲み込むミヤビ。余計な一言すら聞こえるこのキセキに、不満をぶちまけたくなる。
しかし生憎と、今はその思考に反応する余裕もない。
「・・・ところでよ、なんですぐにアイツを取り押さえなかったんだ?」
「ん?・・・え?」
「俺らの作戦って、アイワを囮にしてから俺が離れて・・・そこからさらにちょうど12分経ってから、裏路地での挟み撃ちだったわけじゃん?けど正直俺は、お前がストーカーに気付いた時点で取り押さえに行っても良かったんだぜ。」
確かに、実際それの方が仲間を呼ぶ時間も与えず、さらに時間短縮にもつながる。しかも僕一人を動かすというリスクだって無くなる。
振り返らずに、息の上がった声で返答した。
「ミヤビには言ってなかったか・・・読心能力にはね、少しタイムラグがある」
「タイムラグ?」
「たとえば感情を読み取るだけなら一秒も満たない。怒気や焦りというのは、情報ではなくオーラ?みたいなものだからね。けど情報・・・つまり、『考えていることをわかるように言語化』するまでの調整時間は約12分前後。これは多少あっても、ある程度の意味は通じると考えてくれればいい」
12分・・・・その時間は、ミヤビが先ほど言及したものと同義。
「じゃあお前は・・・あのストーカーを罠に嵌める囮をしつつ、心を読むための準備をしていたということか?」
「そういうこと。この『見える化』にかかるまでの時間を、尋問に使ってしまうのが怖かった。たとえば敵側が情報を吐く前に自殺したり・・・」
「情報吐く前に消されて巻き添えを喰らう・・・か。ていうか俺らは大丈夫かよ?」
「問題ない。さっきのドローンがどこから来たかわからないけど・・・今この場で上空に飛ばしたら、近くのデパートで待機している公安に見つかる。奴らにとってもそれは避けたいはずだ。まあでもそれはそれとして、追跡者との会話が傍受されている可能性も否定できないけど」
「・・・・・そうだな」
「・・・・・・・・・・・」
会話は途絶え、沈黙に戻った。
ミヤビは気を遣ってか、再度会話の節を探そうかとも考えている。生憎だが、そろそろ現場に到着する。
「着いた。ストーカーのイメージとドンピシャ。」
「病院って・・・ここまだ営業中のとこじゃねえか」
大きさで言えば6階建てのビル、そしてその一階に構えられた皮膚科。確かにデパートに近いことは事実だが、こんな小綺麗な私立病院。見た目だけなら怪しさは全く感じられない。
「廃墟とかなら簡単に警察のガサ入れができるだろうけど、ここは表向きクリーンだから、意外と隠密に特化してそうだ。それに見ろ・・・急患もでないような私立の皮膚科が、20時以降の営業なんて珍しいと思わないか?患者が過疎化した時間帯なら色々行動しやすいだろ」
「なるほど?」
もし廃墟のような、何の変哲もない建物に入るのなら、押入り強盗のような強行突破も可能だったろう。しかし名目上だろうとクリーンな拠点なら、悪党はこちら側になってしまう。
「先に言っておくと追跡者から得られた情報は主に四つ。担当者、拠点の位置、建物構造・・・それから拠点内部の事情。一応これだけ要素が揃えば、手はある。」
「ほう・・?」
その悪だくみへ期待感を高めるミヤビに対し、僕はその案を口に出した。
「いらっしゃいませ、本日はどうされましたか?」
自動ドアをくぐれば、女性スタッフが一人佇んでいる。僕がその案内口に行く前に彼女は挨拶した。今来たばかりの訪問者に挨拶する余裕があるほどに、客も少なかったのだろう。
「ああ・・・・ええっと、あれだよな。・・・・・・」
「・・・・遠方にて連絡したジェネリック錠剤について頼んでいたのですが、ご用意できていますか?」
着いた瞬間にド忘れしたミヤビ担当のセリフを聞いてか、小さな感謝の声が聞こえた。(当然、心の声だが)
言葉を聞いたその受付のスタッフは、マスク下にてその顔を一瞬強張らせたかと思えば、すぐに平静に戻った。
「・・・お待ちしておりました。それでは診察表に記入の方をお願いします。お渡ししていただければ後ほどお呼びいたします。」
クリップボードに挟んだ用紙を手渡すと、スタッフは受付席を戻った・・・・・その途中、こちらを一瞥する目はどこか恐怖が入り混じっていた。
「合言葉はオーケーだよな?で・・・ここで何を書きゃあいいんだっけ?」
「何も書かなくていい。それが最後の暗号だ。」
「・・・なるほどな」
そう。受付員に言ったセリフも、『何も書かない』という選択肢も、ずべてはウラに入るための合図。
先ほどの追跡者のように、非正規雇用員は他にもぞろぞろいるが、彼らはあくまで半グレに近く、情報の中枢を任されていない。ゆえに名前の管理すらされていない下っ端。この『相互の不透明性』を利用することで、潜入することができるのではないかという考えだ。
その上で利用したのが、先ほどの追跡者からの情報によれば、皮膚科の表側からその組織に至るまで、さまざまな手続き・・・・合図を伴うことで、潜入に至れるのだ。
そして最後の課題・・・・その受付の女性スタッフが僕らのことを知っているかどうかだが、おそらくそれはない。情報の詳細に詳しい者が表側にいる者とは考えにくいし、仮に知っていたとしても僕が検知すると伝えている。
しかしてその心配をよそに、十分程度経てば、受付スタッフがこちらの方に寄ってきた。それに気づいたミヤビが、スタッフにクリップボードを手渡したので、同じように差し出した。
スタッフは、その用紙と僕らの顔を交互に見つめる。その反復動作を数回程度で終わらせれば、
「お待ちしておりました。では私がご案内します。」
若干の震える声で、僕らに対し、着いてくるようにと、目で一瞥した後に、奥の廊下へと進んで行った。
「彼女は僕らに疑問を持っていない。行こうか・・・合図したらわかってるよね?」
「おうよ」
互いに為すべきことを理解しているか・・・その最終確認を目だけで行い、受付の彼女に着いて行く。その奥先を見れば、彼女が外階段につながる扉を開けて待機していたため、すぐさまその場に移動する。
受付嬢が扉の内側、僕らが外階段手前にて足を置いたところで、彼女は一礼する。
「それでは・・・・私はこれで失礼します。」
「ちょっと待ってください。これ落としましたよ。」
その場から去ろうとした彼女に、僕は一声かける。その手にピンク柄の付いた携帯端末を携えて。彼女の驚きようと、ヒップポケットへ目を向ける様子を見て、『彼女自身のものである』と気づいたようだ。
「・・・え?・・・ああすみません。」
彼女は僕の方へ駆け寄る。その身が外側へ踏み出された瞬間、ミヤビは外に反る扉を指で突いた。
「え?」
「どうされました?ほらこちらを」
「え?ああ。」
ドアの閉じる音に反応して、一瞬彼女がミヤビの方を見る・・・が、僕の声に引き戻されてか、疑問符を内包しつつも視線を移した。
その瞬間だった。
「ミヤビ」
さも自然に、何気なく放たれたその合図をもって、僕らは自らに行動を課す。ミヤビは、意識を離した受付嬢の背後に詰め寄る。その気配が気取られるか否かのギリギリのタイミングで、ミヤビは腕関節で彼女の両肩を絞めた。いわゆる羽交締めといったところ。
「・・・っぁ・・・!?」
「・・・・・叫ばないでもらえるとありがたい」
悲鳴は鳴らなかった。それは、前方にて僕が、中指と親指をもって、彼女の喉と顎の付け根を摘んだから。これは確叫べないだろう・・・・声の阻害だけでなく、生殺与奪が誰にあるのかはっきりさせる技なのだから。
「・・・がっ!?・・ぁ゛なたた・・・ち」
紅潮した顔で僕の方を睨む受付嬢。苦虫を噛み潰すようなその表情には、混乱と苛立ちが滲み出ていた。
「残念。君が携帯落とさなきゃあ、こんなことにならなかった・・・これぞ携帯落としただけなのに。」
「華麗なスリ技術を披露していてよく言うぜ・・・バレりゃあプラスで痴漢扱いってのによ」
扉から外に出る瞬間に、僕が極々自然に奪い去った受付嬢の携帯電話。スリの経験はないため、うまくいくかは一か八かではあった。
「いやだねえ・・・こんな悪党じみたことせにゃ、遺体とり返せないって言うのも」
「悪をもって悪を制するとは言うだろう?それはそれで主人公ぽくていいんじゃないか?」
そういえばミヤビは、ダークヒーローものを見ないんだったか。なら、こんな手法を毛嫌いするのも仕方ないのかもしれない。まあここは必須工程ゆえに、我慢していただくと言うことで。
「わ゛たしを・・・どうする・・・・・」
「君には人質になってもらう。というか保険かな?・・・君らのウラにいる奴らも、表側にいる君たちに何かあるのは利に反するだろう。なんせ、表側の何某にトラブルがあれば、公安に勘付かれる。悪いね。」
「つって俺だって腑に落ちねえんだがな。とっとと済ませようぜ。」
「ああ」
受付嬢の喉元から指を離したため、ミヤビは拘束する腕を強くする。その様子を一瞥し、僕だけが追跡者所属の組織の部屋を知っていると言うことで、ミヤビを先導するように階段を登っていった。
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