拝啓、まだ見ぬあなた様へ

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 出窓に佇む私の目の前で、楽しそうな笑い声を上げる子供達が風のように駆けていく。窓から覗く空は青く澄み渡り、中天にのぼった太陽から降り注ぐ光が、落ち葉の積もる道路を優しく照らしていた。甲高い音で鳴く鳶が大きく羽を翻す様は何よりも雄大で、これから続く日々の展望を予感させる。しかし、この新天地においても、私の心は凪いだ海のように穏やかであった。  ――とまあ、いつもと語り口を変えてみましたが、いかがでしたでしょうか。パパさんがお炊事の時によくお聞きになっていらっしゃる、らじおどらまを真似てみました。なかなか情緒たっぷりに語れたと自画自賛しておりますが、ゆうちゅうばあでびゅうを考えるにはまだ早いでございますかねぇ。  え? 死んだくせになんでまだ語れるかって?  実はわたくし、しぶとく生き残っておりました。正確には、パパさんとお嬢ちゃんが割れたわたくしを引き取り、懇切丁寧に修理してくださったのでございます。それも大変値の張る金継ぎで。  ええ、なにせ容赦無く砕けたものですから、綺麗に直すには相当な諭吉様が……。いやはや、二束三文のわごん品にここまでしていただけるなんて感に堪えません。  これはもうわたくし、八相どころではなく九相縁起を兼ね揃えた唯一無二の縁起物として、パパさんとお嬢ちゃんに末長くご恩をお返ししていく所存でございます。  茂三との別れは寂しゅうございましたが、いずれまた、お会いする日もございましょう。といいますか、将来お蕎麦屋さんになりたいと言い出したお嬢ちゃんに先祖伝来の味を引き継ぐため、足繁く通ってきておりますが。  わたくしを殴った金属ばっとの男はあえなく御用になりました。引っ込み思案な性分からヒトと上手く付き合うことができず、仕事も長く続かず、世間様への恨みを募らせていたようでございます。お嬢ちゃんを襲ったことは今でも許せませんが、それでもいずれ、お日様の下で前を向いて歩いていって欲しいと心から祈るばかりです。  この世界は時に残酷な面も見せますが、なかなか捨てたものではございません。夜の次には必ず朝が来るものです。わたくしの狸生も、彼の人生も、これからまだまだ等しく続いていくのですから。  そんなわけで、住処を蕎麦屋の店先からお嬢ちゃん宅の出窓へと変えたのでございますが、わたくしは相も変わらず、日がな一日外を眺めております。 「こっちを向いて欲しいけど、お外を見られた方が狸さんも楽しいもんね」  と、何とも可愛らしいことをおっしゃってくださり、日当たりのいい一等席をわたくしのために用意してくださいました。小さな主人の心遣いに涙を禁じ得ません。そのおかげで、これからも思う存分ヒトの営みを見守り続けることができます。  ですので、お外から見かけた際には、ぜひお手を振っていただけますと幸いです。それだけでわたくし、天にものぼる気持ちになれるものですから。 「狸さん、ただいまー!」  ああ、お嬢ちゃんが公園からお帰りになりましたね。休日出勤のパパさんに子守を頼まれた茂三も一緒のようです。これからまた蕎麦を作るのでしょう。新しい生きがいを得たようで何よりでございます。  さて、そろそろ、わたくしも語りを終えましょう。  ここまでお付き合いいただきまして誠にありがとうございました。最近めっきりと寒くなって参りましたが、どうぞご自愛くださいませ。  穏やかな日が差し込む窓辺にて。  敬具
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