4. 祢津良太郎、その家族

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 食卓に並んだのは、クッキーとスコーン、それに色鮮やかなミモザサラダ。おやつのような朝食にはしゃいだ子どもたちは、さっさと食べ終えてリビングでテレビを観ている。 「ねぇ、あなたが嫌なら、やめるけど」  妻は二人分の紅茶をカップに注ぎ、向かいに座る祢津の前に一枚のチラシを置いた。その紙面には、地域で保護されている動物の愛らしい写真が載っている。 「保護猫の、里親になってみない?」  物置の子猫を救えなかったのは、結婚直後のことだ。その一件が祢津の心の傷になっていることを知っているからこそ、今まで妻は、猫を飼う話はしなかったけれど。 「そうだな。まず、子どもたちと見に行ってみるか」  祢津がそう答えると、妻は目を細めて小さくうなずいた。  なんだか照れくさくて、目の前のカゴに手を伸ばす。素朴なクッキーはちょうど、子猫たちが吸い込まれた月のようだ。まだ温かいその満月は小麦とバターの飾り気のない味がして、やさしい甘さがじんわりと腹を満たす。 「ふぁ……」  しあわせな満腹が、祢津の口からあくびになって空気に溶けた。  そういえば、猫の語源は確か、寝ル子、だったっけ……あの子猫たちも今頃、猫の国の家に戻って、あたたかい布団の中で朝寝をしているかもしれないな。  今日はきっと、こっちもみんな昼寝だろう。  明るいリビングで家族四人がうたた寝する光景を想像して、祢津はひとり、微笑んだ。 【了】
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