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03
彼女の家族は母親のみで、生まれてからずっと虐待されていた。
ろくに食事も与えられず、母親は毎夜男のもとを遊び歩くような生活をしていたようだ。
それでもアイルーラは母を愛していたが、ある日にとある資産家の家に奉公に出されることになった。
これは母親のためなのだと、アイルーラは必死で働いた。
慣れない家事を頑張り、資産家が要求してきた身の毛がよだつような行為も我慢して、母に楽をさせてあげたいという一心で堪え続けた。
そしてある日、ようやく休日をもらえたアイルーラは、母のもと――実家へと足を運んだ。
彼女は自分の頑張りを、母に褒めてもらいたかったのだ。
だが実家の前に着いて窓から中を覗いてみると、そこには知らない男と母が赤ん坊を抱いている姿が見えた。
そのときアイルーラは理解した。
母が自分を資産家に売って、新しい家族と人生をやり直しているのだということを。
「アタシ……それでもう何もかも嫌になって……崖から飛び降りたんだ……。でも、死んでもアタシは……あの世に行けなかった……」
アイルーラの悲劇はまだ終わらなかった。
命を失った彼女の前に、天使と悪魔が現れた。
驚いたアイルーラだったが、これで天国かまたは地獄にでも行くだろうと、現世での悲劇が終わると思った。
しかし天使と悪魔は、アイルーラに向かって「命の大事さを死ぬまで考えろ」と言い、目の前から消えていってしまった。
こうしてアイルーラは一人暗闇の中に取り残され、ただ当てもなく彷徨っていたのだった。
記憶をなくしていたのは、おそらくはあまりの精神的な負担から脳に忘れさせられたのだろうと思われる。
「アタシはこれからずっと一人……。おばけになって……ずっとこの暗闇を歩き続けなきゃいけない……」
涙と共に嗚咽が漏れる。
思い出したくなかった記憶がアイルーラを追い詰めていた。
ついにはその場で両膝をつき、ただ泣きじゃくっている。
そんなアイルーラを見たジャックとウェルは、そっと彼女に手を差し伸べた。
「アイルーラを一人になんてさせるもんか」
「ジャックの言う通りだよ。キミにはボクらがいる」
二人に手を取られ、顔を上げたアイルーラは文句を言おうとした。
自分はもう死んでいて、一生この暗闇の草原で一人でいなければいけないのだと、声を張り上げようとしたが――。
「見てろよ! オレたちの力をッ!」
「ボクらはアイルーラのような魂を救うためにいるんだ!」
先に大声を出したジャックとウェルの体から突然光が放たれた。
その光は凄まじく、目を開けていられない。
そして光が止み、一体何が起きたのかわからなかったアイルーラが目を開くと、そこはサウィンハイムの町中だった。
立ち尽くしている彼女にジャックとウェルが声をかける。
「ごめん、アイルーラ。なるべく傷つけないようにしたかったんだけどな」
「変に気を遣って逆に辛い目に遭わせちゃったね。ごめんなさい」
申し訳なさそうに頭を下げる二人の少年。
アイルーラはまだ状況を飲み込めずにいると、ジャックとウェルが再び口を開く。
「オレの本当の名はジャック·オー·ランタン」
「ボクの本当の名ウィル·オ·ウィスプ。そしてこの町に住んでいる人たちはみんな、アイルーラと同じ天国へも地獄へも行けなかった魂たちだよ」
それから彼らは説明を始めた。
元々ジャックとウェルもまた、天国へも地獄へも行けない魂だったらしい。
だが二人は協力して精霊としての力を得て、アイルーラのような彷徨える魂を町に集めているようだ。
天使にも悪魔にも嫌われてしまった者の救済のために、なによりも自分たちと同じようにひとりぼっちで苦しんでいる魂を放っておけないという理由から。
「じゃあ、アタシはずっとこの町にいれるの?」
「もちろんだ! これからもずっと町のお祭りをみんなで騒ぎ続けるんだよ!」
「まあ、お祭りは年に一回だけだから、その日以外はこのランタンの中で眠ってもらうけどね」
ピョンッと跳ねて叫ぶジャックに続き、ウェルが持っていたランタンを掲げて言った。
アイルーラはまだ彼らの話の半分もわからなかったが、それでももうひとりぼっちでないことだけは理解していた。
すると、町を歩いていた人たちが光へと変わっていく。
楽しそうに笑いながら、誰もが手を上げ、ジャックとウェルに感謝の言葉を送っていた。
光へと変わった町の人たちは、ウェルの持つランタンへと集まっていく。
その光景を見て呆然としていたアイルーラに、ジャックとウェルがニッコリと微笑んだ。
「じゃあ次は来年だな、アイルーラ」
「おやすみなさい。次はもっとキミの笑顔が見たいな」
アイルーラが涙を拭って彼らに笑みを返すと、彼女の体も光へと変わっていき、そして町の人たちと同じようにランタンへと吸い込まれていった。
それに呼応するかのように、町中から光が消え、飾られていたカボチャも次々となくなっていく。
サウィンハイムはあっという間に暗闇となり、ゴーストタウンへと変貌してしまった。
だがウェルの持つランタンだけは、眩い光を放ち続けている。
「はあ……なんとかなったな」
「うん。次からはもっと上手にやらないとだね」
「大体お前のやり方がまどろっこしいんだよ。毎度化ける必要なんてないんじゃないか? つーわけで、次はオレのやり方でやらせてもらうぜ」
「ウェルのやり方で上手くいったことないじゃん。次もボクが考えるよ」
「なんだとウェルッ!」
「うるさい! いちいち大きな声を出すなよジャックッ!」
真っ暗な町の中に見えるランタンの灯りの側からは、それからも言い争う少年二人の声が続いていた。
――とある島国にあるアングリアム地方。
ここには天使と悪魔に嫌われた魂が、天国へも地獄へも行けずに彷徨っているという。
その場所にある町や村には建物が残っているが、人は誰も住んでいない。
だが、ときより道に迷ってたどり着いて旅人たちの中で、ある噂があった。
それはアングリアム地方にあるサウィンハイムという町で、誰もいないはずなのに夜な夜なお祭りが行われていると。
さらにその町には少年の姿をした精霊が住んでいて、その名はジャック·オー·ランタンとウィル·オ·ウィスプというらしい。
〈了〉
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