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暗闇の草原を少女が一人で歩いていた。 吹く風は強く、彼女の長い髪が目から流れる涙とともに飛ばされそうだ。 辺りには何もない。 先は暗くため見えず、少女はどうして自分のこんなところにいるのかわからないまま、ただ歩を進めている状態だった。 少女が泣きながら歩いていると、前から光がこちらに向かってくるのが見えた。 彼女が呆けながら光を見ていると、いつの間にか目の前に二人の少年の姿があった。 「こんなところでなにをしてるんだ?」 「ジャックったら、まずは自己紹介が先でしょう」 二人の少年のうちの一人――。 最初に声をかけてきたほうは、魔女が被っていそうな(つば)の広いとんがり帽子をかぶっていた。 そしてもう一人のほうは、ランタンを手にマントを羽織っている。 少女はその二人組を見て「変な格好」と思っていると、とんがり帽子をかぶった少年のほうが芝居がかった動きで頭を下げた。 「こいつは失礼。オレはジャックってんだ。それでこっちが――」 「ボクはウェルだよ。キミの名前は?」 ウェルと名乗ったほうの少年がジャックのいう少年の言葉を遮って訊ねてきた。 ジャックは不満そうに頬をふくらませていたが、すぐに笑みを浮かべて少女のことを見ている。 少女は不安そうにしながらも、涙を拭って口を開いた。 「アタシはアイルーラ……」 「アイルーラか! いい名前だなッ! なんかどこまでも飛んでいけそうだ!」 ジャックが声を張り上げると、アイルーラはビクッと身を震わせた。 彼女はいきなり大きな声を出されたので、驚いてしまったのだ。 「ああッごめん! 別に驚かすつもりはなかったんだ! ただホントにいい名前だと思って……」 「今のはジャックが悪い」 「なんだよ、ウェル!? オレはこの子のことを少しでも元気づけたかっただけなのに、そんな言い方はないだろ!?」 怯える彼女に対してジャックが慌てていると、ウェルがすかさず彼を注意した。 そのやり取りはまるで兄弟ケンカのようで、アイルーラは思わずクスッと笑みをこぼす。 そんな彼女を見た二人は、すぐに言い争うのをやめて、改めて声をかける。 「アイルーラはどこから来たの?」 「そうだよ。こんな夜に女の子一人で歩いてるなんて危ない」 ウェルが訊ね、ジャックのほうが心配すると、アイルーラはまた涙ぐんだ。 すると二人は慌て始め、「お願いだから泣かないで!」と必死になっていた。 グスッと鼻水をすすったアイルーラは、そんな彼らに向かって言う。 「わからないの……。自分の名前しか思い出せなくて……。どうしてこんなところにいるのか、どこから来たのか……何も思い出せないの……」 「そっか……。ならとりあえずオレたちの町へ来なよ!」 「そうだね。何か思い出すまでうちにいるといい」 ジャックとウェルの言葉を聞き、アイルーラは身を縮めてしまう。 会ったばかりの自分を家に招いて、さらに記憶が戻るまで家にいていいとまで言い出したのだ。 そんな善意に申し訳ない気持ちでいっぱいになるが、結局頼りがないアイルーラは二人の住んでいる町について行くことにした。 「よし、じゃあ手を握って!」 「うん。これだけ真っ暗だと見失っちゃうかもしれないからね」 ジャックとウェルは、それぞれアイルーラの右手と左手を握った。 そして、三人で並んで歩き出す。 ウェルの持っていたランタンの灯りおかげで、今まで暗かった道がよく見えた。 歩きながらアイルーラは、ランタンの灯りに見惚れていた。 なんて暖かい光なんだろうと、前を見ることなくランタンの灯りから目を離せなくなっていた。 「着いたぞ! ここがサウィンハイムだ!」 「ボクらの町にようこそ」 ランタンの灯りを見ているうちに、三人は目的地にたどり着いていた。 アイルーラは「そんなに歩いたかな?」と不思議に思ったが、その考えは町の光景を見て吹き飛んだ。 「すごい……町が光ってるッ!?」 思わず声が漏れるアイルーラ。 彼女の目に入ったのは、そこら中にカボチャに目と口を切り抜いた飾りがあり、中にあるロウソクの灯りが輝いている光景だ。 さらに大人も子ども、そして老人すらも町中で楽しそうに歩いていて、誰もが魔女や死神、悪魔などの格好やメイクでいた。 今日は何かのお祭りなのだろうか。 ジャックとウェルがとんがり帽子とマントを身に付けているのも、この町で起きているこの騒ぎに合わせてのものだと、アイルーラは思っていた。 彼女が町の光景に圧倒されていると、ジャックが二ヒヒと笑みを浮かべて言う。 「驚いたか、アイルーラ! 今夜はお祭りなんだぞ!」 「そうそう。普段は静かなサウィンハイムの町だけだけど、今夜だけはみんな大騒ぎしているんだよ」 ジャックに続き、ウェルが話の補足をした。 アングリアムとは、サウィンハイムの町がある地域で小さな町や村が点々とある地域だ。 彼らが住む島国の中でもあまり人目につかない寂れた場所ではあるが、年に一回だけこういうお祭りが行われているらしい。 地名を聞いてもアイルーラはあまりピンッと来なかったが、皆が楽しそうにしている雰囲気は気に入ったようで、その頬を緩ませていた。 「せっかくだし、オレたちも楽しんじゃおうぜ!」 「おッ、めずらしく意見が合うね。アイルーラが嫌じゃなきゃボクも賛成だよ」 ジャックとウェルが同時にアイルーラの顔を覗き込んでくる。 二人に見られたアイルーラは恥ずかしそうにしながらも、笑みを浮かべながらコクリと頷いた。 「う、うん。ぜんぜん嫌じゃないよ。というか、アタシもお祭りを楽しみたい」 「そう言ってくれると思ったぜ!」 「ならボクらも楽しんじゃおう」 そしてアイルーラはジャックとウェルに左右の手を引かれ、カボチャのランタンだらけの町中を走り出した。
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