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金の仔羊亭
狼の遠吠えを何度か聞きながら、黒い森の中を一目散に走ってきた。やっと森を抜けたけれど、月の出前の空は暗く、辺り一帯が闇に沈んでいる。力を振り絞って、台所まで一気に駆け込んだ。籠をテーブルに置いて、自分の部屋に入ると、そのままベッドに倒れた。
すぐ横のテーブルの上に夕食が置いてあるけど、今はゆっくり休みたい。酷く疲れた。一眠りして、あとで食べよう……。
「……ぅ、ぅあああぁー……!」
獣のような呻き声を聞いて、目が覚めた。部屋の中は薄暗い。完全な闇でないのは、窓から差し込む月明かりのお陰だ。
「ぁぁあああー!」
なに?!
異常な叫びに、ベッドから跳ね起きる。けれども、身体が固まった。
「うぅーあああぁー!」
言葉にならない声がはっきり聞こえたかと思うと、ガタガタと派手な物音が近づいてきた。どうやら複数の人間が2階から食堂に下りてきたらしい。
「ほら、確り抑えろ!」
「ぁううぅー!」
「ペテロ、もっと奥にテーブルを片付けろ!」
「こら、暴れるなって」
粗野な口調の男達の会話と、複数の足音。
その合間に虚ろな呻き声と床板を叩く音が混じる。
「ぅあ、あああ……」
「ヘヘヘ、薬が効いてきたようだな」
「よし、抑えろ」
「うあぅー……あぐぅっ!」
呻きが一転、短い叫びに変わる。激しく床板を叩いていたのに、段々と静かになっていく。
「こんなもんでいいですかい、マダム?」
「ふふ、上出来よ。あとはお前達で好きにするがいいわ」
「ヘヘヘ、ありがてぇ。久しぶりの上玉だ。高値で捌けるってもんだぜ」
「その前に、たっぷり可愛がってやろうなぁ」
「待ちなさい! ちゃんと片付けてからお行き」
「へい、もちろんでさ。おい、ヨゼフ」
「分かってやす、兄貴」
テーブルを動かす物音に続いて、階上に消えていく足音。突然始まった喧騒は、しばらく嵐のように吹き荒れたあと、やはり唐突に収まった。静寂が不気味で……耳に痛いほどだ。
なにが起きているのだろう。
部屋を飛び出して、今すぐ確かめたい衝動に駆られるけれど、ガチガチに強張った全身は動きそうもない。だって。だって、あれは。男に「マダム」と呼ばれた女の声は、間違いなくママだったから――。
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