20人が本棚に入れています
本棚に追加
嵐の到来
「おやおや、可哀想に。濡れちまったねぇ」
翌月のお使いは、大雨に降られた。ぬかるむ道を急いだのに、ヒルダおばあちゃんのドアを叩いたときには、あたしはずぶ濡れになっていた。それでも、ローブの中に抱えてきた籠が無事でホッとする。
「ほら、こっちにおいで」
おばあちゃんはあたしのローブを暖炉の前に干すと、裾から水滴を垂らすワンピースを眺めて首を振る。
「その服も乾かすでな」
寒さに震える手で重くなったワンピースをガバと脱ぐ。コトン、となにか音がした。
「おや、これは……」
「あっ、それは……!」
床に落ちたものを見て息を飲む。
「こりゃ、象牙だね。高価なモンだ」
おばあちゃんの指先には、食堂で拾ったボタンがある。ポケットに入れたまま、取り出すのを忘れていた。
「ほう、紋章があるね……」
でも、この服は何度も洗濯している。どうして今頃――。
「コイツを、どこで手に入れたね?」
口調は穏やかなのに、シワの奥の瞳が笑っていない。窓の外で雷が光る。陰影を刻む表情が、怖い。
「それは……道で、拾ったの」
「ミア。嘘はおよし」
いつも優しいけれど、目の前にいるのは魔女だ。ブルリと身体が震え、あたしは腹を括った。
「ごめんなさい。うちの食堂で拾いました」
促されるまま、先月の夜のことを話した。
「……そうかい」
話を聞いたおばあちゃんは、悲し気に俯くと、今更ながら椅子を勧めてくれた。魔法にかかったみたいに、ストンと椅子の上に腰が落ちた。
「そろそろ、本当のことを知るときが来たのかもしれん」
テーブルにボタンを置いて、おばあちゃんも椅子に座った。また強く光が走る。当分、外には出られない。
最初のコメントを投稿しよう!