黒い魔女と銀色の狼

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黒い魔女と銀色の狼

 嵐は激しさを増す一方で、間隔の短い雷鳴が轟く。瞬く雷に光る窓も、滝のように流れる雨で外は見えない。家の中に時計はないけれど、もう夕刻に違いない。 「ミア、お前のママは“黒い魔女”なんじゃよ」 「でも、黒い魔女は」  おばあちゃんじゃ――言いかけて言葉を飲む。確かに、ずっと違和感があった。 「今から100年前、黒い魔女が北からやって来て、ワシを森に閉じ込めると、薬作りを命じたのじゃ。ワシは“白い魔女”じゃて、魔力(ちから)じゃ到底敵わなくての」 「そんな……」  おばあちゃんの琥珀色の瞳があたしを見詰めたまま、象牙のボタンを差し出した。 「その紋章は、リクワードのクルージュ伯爵のものじゃ」 「えっ」  いつだったか、リクワードの貴族のお嬢さんがさらわれたと聞いた。これがそのお嬢さんのものなら、先月のことは……。 「信じられんかね。黒い魔女は、悪魔と交わり乙女の血を啜る。乙女が高貴であるほど魔力も増えようて」  暖まったはずの身体が冷えていく。ボタンを握った手がブルブル震えて……止まらない。 「それじゃ、あたしは? あたしは悪魔との……」 「いいや。ミア、お前の父さんはリクワード領主の息子アドルフ・フォン・オドマイヤー公爵じゃ。あの魔女は、妻を流行病で亡くしたアドルフに近づくと、幼いお前をさらい、アドルフを――うぐっ!」 「おばあちゃんっ!?」  突然、おばあちゃんは前のめりに身体を折り、胸を押さえる。シワの間を大粒の汗が流れる。 「ヒルダめ! 私のミアに、デタラメな嘘を吹き込むでない!!」  稲光の中、窓の外に真っ黒な影が蠢いている。ガラスがビリビリ鳴り、今にも割れそうだ。 「ま、ママ?!」 「おお、可愛いミア! その魔女の言うことに耳を貸してはいけないよ! さぁ、私と一緒に帰るんだ!」  木のドアが激しく揺れるものの、黒い影は家の中に入って来られないようだ。 「いけない……行っては……お前は、高貴な乙女……黒い魔女は、お前の血を……あぁっ!!」  おばあちゃんは苦しげにテーブルに突っ伏して、それでも片手をあたしに伸ばす。思わずその手を取った。節くれだってシワシワで、暖かい……。 「ママ、もう止めて!」 「私よりヒルダを信じるのかい?! ええい、忌々しいっ!」 「きゃあっ!?」  バァン、と窓ガラスが砕け、雨風が吹き込んでくる。稲光が瞬くと、髪を振り乱したママが赤い目を光らせていた。 「ミア、お前は私のもの。さぁ、ドアを開けて、こっちにおいで!」  チョーカーがキリリと締まり、息が詰まる。苦しい。涙が溢れる。 「嫌……ママ、止めて!」  身体が動かない。勝手にドアの方に引っ張られる。怖い。あれが、本当の黒い魔女だ。 「ギャッ!!」  突然、銀色の塊が横から飛んできて、魔女の姿が掻き消えた。千切れたチョーカーが床に落ち、あたしの身体も自由になる。 「ミア、これを……リクワードの、公爵に」  ヒルダおばあちゃんはあたしの首にペンダントをかけ、赤いローブを着せた。彼女が指を鳴らすと、正面のドアが開いた。  庭先には、首から流血した魔女が倒れていた。すぐ横に牙を朱に染めた銀色の大きな狼がいて、あたしに気が付くと駆け寄り、目の前で伏せた。 「早く! 今のうちに、行くのじゃ!」  おばあちゃんに押され、あたしは狼の背に乗せられた。不思議と恐ろしさはなかったけれど、急に走り出したから、必死でしがみつく。狼は、銀の矢のように森を駆け、景色がみるみる流れていった。
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